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2012年5月17日

放射能連続講座(続報)・・・こわい予感

 

「大地を守る会の 放射能連続講座

第2回(7月7日) の会場が決定しました。

江戸川区船堀(ふなぼり) にある 「タワーホール船堀」 。

都営新宿線「船堀」駅下車、徒歩1分。

新宿からだと直通で約30分(快速21分)。

東京からは、JR総武線「馬喰町」(東京から5分)で

新宿線「馬喰横山」 に乗り換え、約15分(快速10分)。

展望台もあり、面白そうな場所です (行ったことないけど)。

 

第2回のテーマは、「正しい食事こそ最大の防護」。

講師は、元放射線医学総合研究所・内部被ばく評価室長、白石久二雄さん。

日本で、食品による内部被ばくを公的に研究した唯一の研究者。

高松(香川県) から駆けつけてくれます。

時間は、午後1時半~4時

 

第2回のコーディネーターは、鈴木奈央さんにお願いしました。

鈴木奈央さん。 元 「月刊 ソトコト」 編集者。

現在、NPO法人グリーンズ代表、株式会社ピオピオ代表。

あなたの暮らしと世界を変えるグッドアイディア・Webマガジン 「greennz.jp」 を発行。

ちなみに、男性です。

 

どうぞお早めにお申し込みください。

 

連続講座の概要は、大地を守る会HPでも逐次更新してまいります。

http://www.daichi.or.jp/cp/renzokukouza/

 

さて14日に、第1回の質疑応答タイムのコーディネーターをお願いした

" やまけん "  こと 山本謙治 さんと打ち合わせを行なったところ、

ヤマケンさん、けっこうノリノリで、

「オレも一消費者として、いっぱい聞きたいことあるんだよなあ。

 質疑の時間、もうちょっと取ったほうがいいと思うなあ」

ときた。

おかげで講師の上田昌文さん(NPO法人市民科学研究室 代表) に、

講演90分のところを80分で、とお願いする羽目に。

 

「大地に対する質問も、しちゃうかもね。

 エビちゃんも前に座っててもらおうかな」 と勝手に段取るヤマケン。

 

USTREAM中継で視聴者からの質問受付、

質疑応答では出過ぎの司会者  ・・・どうなっちゃうのでしょうか。

どうもおさまりそうにない、恐ろしい予感が涌いてきたのでした。

 

第1回は6月2日(土) 午後1時半~4時。

テーマは、「今後の影響をどう予測し、どう心構えをするか」。

会場は、杉並区立産業商工会館。

申し込み締め切りは18日という設定ですが、ねじ込めばOKかも。。。

念のため、お問い合わせください。

経営企画課広報担当 TEL:043-213-5860/メール:press@daichi.or.jp

 

それにしても、会場取りには かなり苦戦を強いられています。

都内 + 土曜の午後 + 150~200人の会場 + 少々の予算オーバーまで

 = だいたい 半年先まで ×

「原発とめよう会」 やCSR事務局にも手伝ってもらって、

第3回は、ようやく仮予約までこぎつけたところ。

 

先に会場を取ってから講師を探す、というケースがよくあるけど、

その事情もよく分かる、という今日この頃。

 



2012年5月11日

菅野正寿、満身に怒りを込めて

 

里山交流会で、二本松市から招かれた菅野正寿(すげの・せいじ) さんは、

各地からやってきたボランティアたちに向かって、

いま福島の生産現場で進んでいる事態を、訴えるように語った。

 

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食品中の放射性物質に関する国の新基準値 (米は100Bq/㎏) が施行される

4月1日の2日前、3月29日付で農林水産省から1枚の通知が出された。

通知の書名は 「100Bq/㎏を超える23年産米の特別隔離対策について」。

 

そこにはこう書かれていた。 

「食品中の放射性物質の新基準値の水準(100Bq/㎏) を考慮し、

 暫定規制値(500Bq/㎏) を超える放射性セシウムの検出により

 出荷が制限された23年産米だけでなく、100Bq/㎏を超える23年産米についても、

 市場流通から隔離することとする。」

 

しかも、暫定規制値(500Bq) を超えた米だけでなく、

本調査と緊急調査で新基準値(100Bq) を超えた米(=暫定規制値未満)

が発生した地域の、すべての米が 「隔離対象」 とされたのである。

なんら説明もなく、3月末の一枚の通知によって。

これによって、菅野さんたちが必死の対策努力をもって生産し、

測定を行ない、ND(検出限界値以下) を確認した上で、

その旨表示して販売していたコメまでが、

自慢の直売所 「道の駅 ふくしま東和」 から一方的に撤去された。

 

「ND なのに、それまでも ・・・」

これでは 「安全な米作り」 に賭けてきた生産者が浮かばれない。

菅野さんの怒りは収まらない。

 

検査して合格した米までが、地区でひと括りにされて 「隔離」 された。

法律上のことで言えば、米については新基準後も経過措置が取られていて、

今年の10月までは暫定規制値が適用されることになっている。

今回の一方的措置は、経過措置を無視していることと、

基準内(しかもND) であることが確かめられているものまで販売を禁止するという、

二重の意味で国の方針に離反しているのではないだろうか。

生産者や販売者の自主的な考えに基づくものではない。

国からの指示、である。

菅野さんの憤りが伝播してきて、僕の腸(はらわた) も煮えてくる。


菅野さんの訴えは、これに留まらない。 

 

菅野さんの地域は 100~500Bq の間の米が検出された地区で、

国は条件つきで作付を認めていたものだが (「事前出荷制限区域」 と言われる)、

その指示がまた現場を無視した一方的通告なのである。 

 

国から当該区域の農家に指示されていたことは、

ア) 可能な範囲で反転耕や深耕等を行なうほか、

イ) 水田の土壌条件等に応じたカリ肥料や土壌改良資材の投入、

等により、

農地の除染や放射性物質の吸収抑制対策を講じていることを確認すること。

- ということだったのだが、それが県 - 市町村と降りてきた段階で、

ゼオライトを300㎏、ケイ酸カリ20㎏、ケイカリン50㎏(ともに10アール当たり)

投入せよ、という指示になった。

 

「ゼオライト300㎏なんて、科学的に実証されてない」 と菅野さんは言う。

いや、かなり多過ぎる、というのが僕の感想。

それに 「ゼオライト」 とひと言でいっても、実は数百種類あって、

セシウムの吸着能力も千差万別だと言われている。

その辺のデータは明らかにせず (業者への利益誘導になる、という言い分らしい)、

ただ300㎏撒け、とは乱暴すぎる。

カリ肥料についても、「投入適期がまったく考慮されてない」。

加えて、その作業記録を一筆(田んぼ1枚) ごとに台帳管理しろというお達し。

試験栽培も認められないという。

 

これらの指示が4月に入って押し付けられてきたものだから、

高齢者を中心に、今年の稲作を断念する人が増えているそうである。

「出荷段階で全袋検査する方針なんだから、

 事前から強制的に、しかも地域一括で制限をかけるとは、

 農家の主体性を奪う以外の何物でもない!」

菅野さんの怒りは、もっともだと思う。

 

思うに、国にとって、農家の主体性や自立は厄介なことなのだ。

恐れているのではないか、とすら思える。

そして、民間の力を活用するとか連携するという発想に乏しい。

ジェイラップが須賀川で取り組んだ対策事例などは、

民間力を活用すれば、食の安全に対する信頼回復が

もっと効果的かつ効率的に進むことを示唆している、

と思うのだけれど。

 

信用してないのかな、国民を。

それとも自己保身なのだろうか。

手続きひとつとっても、福島農家の意欲を逆なでするような手法では、

生産者の経営安定も消費者の信頼も得られない、とだけは言っておきたい。

 

先だって紹介した 『放射能に克つ、農の営み』(コモンズ刊) に続いて、

菅野さんが執筆されている本(17人による共著、戎谷も執筆)

が出版された。 

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『脱原発の大義 -地域破壊の歴史に終止符を-』

(農文協ブックレット、800円+税)

 

「有機農業がつくる、ふくしま再生への道」

というタイトルで、菅野さんはここでも熱く語っている。

 

   私たちはあらためて日本型食生活の大切さを教えられた。

   母なる大地と太陽の力を活かす、有機農業による生命力ある農畜産物が

   健康な体と健康な人間関係をつくると思うのだ。

 

「放射性物質を土中に埋葬して 農の営みを続ける」

菅野正寿、心魂を込めた宣言である。

 



2012年4月27日

大地を守る会の「放射能連続講座」、準備進行中

 

4月のブログ空白期間中で、嬉しかったことが一つ。

大地を守る会でも取り組んでいる

「さよなら原発1000万人アクション・脱原発署名」 に、

福島県二本松市のリンゴ生産グループ 「羽山園芸組合」 さんから

270名分の署名が届いたという報告。

3月31日付日記 で紹介した3人が手分けして、

ご親戚ご近所(と言っても距離はある) を回って集めたんだそうだ。

田舎で署名を集めるのはけっこう大変なことだけど、

羽山という山あいで暮らす人たちの思いが、この数から伝わってくる。

 

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羽山園芸組合代表の武藤喜三さん(写真中央) は以前から、

都内で開かれた脱原発の集会などにも、静かに顔を出して静かに帰るような方だった。

去年の原発事故には深く思うところがあるに違いない。

悔しさを胸の奥に秘めて、黙々と除染作業を続けた冬だったね。

 

さて、今日は東京大学理学部の早野龍五教授を訪ねた。

昨年10月のニコニコ生放送でご一緒して以来の再会。

用件は、いま準備している連続講座の講演依頼と、 

弊社・宅配部が試験的にやろうとしている食事一食分のまるごと測定、

いわゆる  " 陰膳(かげぜん) 方式 "  を実施するにあたってアドバイスをいただくこと。

 


「陰膳」 というのは、元々は仏様にお供えする食事のことだったと思うが、

今では、旅に出た人や出征した家族の無事を祈願して用意する食膳を指すようだ。

いずれにしても  " 一緒に食事をする "  ことで、

いつも  " 共に居る "  という願いを込めたものなのだろう。

僕の実家(四国) では、仏壇に供えてチンチンとリンを打って手を合わせるのが、

子どもの朝イチのお勤めだった。

あの頃はただ 「仏さんのお膳」 と呼んでいたけど。

 

それが何の因果か、放射能を測るために使われるようになった。

初めて 「陰膳方式」 という用語を耳にしたときは意味が分からなかった。

この方式を、学校給食での汚染 (被曝) 実態を知るために取り入れようと

提唱したのが、早野教授である。

現在各地の自治体で採用されてきている。

 

この方式にもメリットとデメリットがある。

一食分の食材をまるごとミキサーにかけて測るため、

仮に微妙な数字が出た場合に、どの食材由来なのかは明確にできない。

これはあくまでも、日常的にどれくらいの放射性物質を体に取り込んでいるのか

事実を知り、冷静に判断するための手段である。

うろたえない知識と落ち着いた判断力が求められる。

 

宅配部では、せっかくゲルマニウム半導体検出器という高性能の機械があるのだから、

この方式で会員からの測定依頼を受けてはどうかと考えたようだが、

それが会員サービスにつながるかどうかは慎重に考えた方がいい、

というのが僕の意見だった。

 

と言いつつも、一方で僕の方はというと、この一年で揃えてきた測定体制を

将来にわたって有用なものとして活用させるためには、

測定器というツールを様々な観点で使いこなす力が必要になってくると思っていて、

そのひとつの試行として、この方式の意義を正確に理解しておきたいと考えて、

早野さんに講演を打診していた。 

 - というワケで、宅配部の担当一人を連れて、今回の訪問となった。

 

同行した職員(女性) は、早野教授から直接レクチャーを受けたことで、

なんかとてもシアワセそうだった。

僕も講演の日程や概要を決めることができて、成果ありの半日となった。

 

講師陣がそろってきたところで、いま準備を進めている講座の概要につき、

とりあえずここまでの進捗報告、予告編をアップしておきましょうか。

 

『 大地を守る会の 放射能連続講座

  ~食品と放射能:毎日の安心のために~ 』 を開催します。

◆第1回 ...... 6月2日(土) 午後1時半~4時

  テーマ = 「今後の影響をどう予測し、どう心構えをするか」

  講 師 = 上田昌文さん(NPO法人市民科学研究室代表)

  会 場 = 杉並区産業商工会館

◆第2回 ...... 7月7日(土) 午後1時半~4時

  テーマ = 「正しい食事こそ最大の防護」

  講 師=白石久二雄さん(元・放射線総合医学研究所 内部被ばく評価室長)

  会 場=都内(未定)

◆第3回 ...... 7月21日(土) 午後1時半~4時

 テーマ = 「測定を市民のために ~陰膳法から学ぶ~」

 講 師 = 早野龍五さん(東京大学大学院教授)

 会 場 = 都内(未定)

◆第4回 ...... 8月18日(土) 午後1時半~4時

 テーマ = 「海の汚染を考える」

 講 師 = 勝川俊雄さん(三重大学准教授)

 会 場 = 都内(未定)

◆第5回 ...... 9月15日(土) 午後1時半~4時

 テーマ = 「いのちを生きる ~放射能とたたかい続けた医師からのメッセージ」

 講 師 = 肥田舜太郎さん(被曝医師、元・埼玉協同病院院長)

 会 場 = 都内(未定)

 

第6回は現在、講師交渉中。

テーマは 「低線量内部被ばくを考える」 を予定しています。

 

大地を守る会会員には来週、予告チラシが配布されます。

ホームページでは、15日にアップ予定。

会員以外からの参加も受け付けます。

ただし会場キャパの都合により、申し込み多数の場合は抽選となります。

 

各回とも、講師との質疑でやり取りしていただくコーディネーターを

用意したいと考えています。

第1回は、「出張食いだおれ日記」 以来、すっかり有名人になっちゃった

畏友・山本謙治さんにお願いしました。

また各回とも USTREAM で中継し、視聴者からの質問も受ける形を検討中です。

 

今回のシリーズで、どうしても外せないと思った方がいる。

95歳の被曝医師・肥田舜太郎さん。

4月7日にお会いして講演をお願いした際の返事が、

「体さえよければ、ね。 あんまり先のことは分からないけど。」

生きてる限り伝え続ける・・・・・ 執念というか、オーラを感じた。

ぜひとも聞いてほしい。

 



2012年4月25日

今中哲二さんの講演会から

 

科学は死を他人事にする。

 

- どこかで読んだ誰かの言葉かもしれないけど、

低線量被曝のシンポジウムを聞きながら、浮かんできた。

一人の死や病気が、統計上の 「1」 として語られる。

だからこそ僕らは、科学に倫理を求めたくなるのだ。

その 「1」 にも、私の身体ひとつ分の重みがあることを分かっていてほしくて。

 

昨年12月に 菅谷昭・松本市長を訪ねた とき、菅谷さんが語っていた。

「国の審議会に呼ばれたとき、専門家の方がね、

  『甲状腺がんは死ぬ病気じゃないから (大したことない) 』 って言ったんですよ。

 冗談じゃないです、と私は言いました。 医者として許せなかったですね。

 これは本人にとっても家族にとっても、

 人生が変わるくらい、とても辛いことなんですよ。」

どんな場合でも、忘れたくないことだと思った。

そして今の僕の心情は、内部被曝リスクを語る人のほうがモラルが高い、

という印象を抱いている。

いやここは、ヒューマニズムと言うべきか。

 

さて、まゆつば科学であってはならないと、慎重に

内部被ばくデータを眺める今中哲二さん(京都大学原子炉実験所助教) には、

3月30日に、「共同テーブル」 の勉強会で話してもらったので、

時間は遡るが、いちおう簡単にでも日記として残しておきたい。

 

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場所は新宿、カタログハウスさんのセミナー・ルーム。

依頼した内容は、ベラルーシやウクライナで食品基準が設定されていった

背景を学びたい、ということだったのだが、

今中さんが設定したテーマは、

「 " 汚染食品との向き合い方 "  について考えていること」

というものだった。

そういう心境だったんだろうね。

 

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日本も  " 放射能汚染と向き合う時代 "  になった。

今中さんは10日前にも東京・日比谷公園の空間線量を測定していて、

「やっぱ、東京はどこもセシウムだらけだなあ」 と言い放つ。

そこにずっと立っていたと仮定した場合の外部被曝量は、

年間 440μSv (マイクロシーベルト、=0.4mSv)。

吸入被曝は、0.15 μSv (0.00015mSv)/年。

 

さて、内部被曝はどうだろう。

この4月から国が設定した放射性セシウムの規制値 100ベクレル/kgの食べ物を

毎日食べ続けたら-

全量を胃腸壁から体内に取り込み、体に均一に分布し、

ICRP(国際放射線防護委員会) が考える生物学的半減期(大人約100日、子供約30日)

にしたがって排泄される、と仮定して、

また大人が一日約2kg、子供が約1kg食べたとして、

大人=4μSv/日、年間1200μSv(1.2mSv)。 子供は年間 400μSv(0.4mSv)。

 

実際に流通される食品は規制値よりかなり低いはずなので、

食品汚染にともなう大きな内部被曝はなさそうだ。

幸いなことに福島では、ストロンチウムやプルトニウムの汚染は

とりあえず無視できるレベルのようであるし。

 

といって、基準値以下だから  " 安全 "  なわけではない!

発ガンに関する線量・効果関係は

「しきい値なし直線」(ゼロから比例的にリスクは高まってゆく) である。

1ミリシーベルトの被曝により、後に発ガンする確率は

(人間集団の平均で) 1万分の1である。

環境や食物が汚染されていることを承知で、

それを引き受けながら生きてゆかざるを得ないのが、

" フクシマ後の時代 "  なのだと思う。

 

影響を観察できないからといって、" 影響がないわけではない " 。

低レベルの被曝による  " ガン以外 "  の影響は、まだ  " よく分からない " 。

私たちは、どこまでの汚染を引き受けるのか、どこまでの被曝を我慢するのか、

答えはない。

ただ・・・・・お前ならどうする? と問われれば、こう答えるようにしている。

・大阪の汚染は・・・ 気にならない。

・娘が東京にいるが・・・ 避難するほどでなないだろうと伝える。

・私が福島に住んでいたら・・・ 住み続ける。

・孫が福島にいたら・・・ まだ答えを持っていない。

 

とにかく、原発はやめにしよう!

 

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2012年4月24日

低線量被曝に向き合う(続き)

 

4月21日(土)、「低線量被曝に向き合う ~チェルノブイリからの教訓~」 シンポジウム。

残りの報告を。

 

べラルーシ科学アカデミー主任研究員、ミハイル・マリコ博士の講演。

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博士からは、ベラルーシでの、チェルノブイリ事故由来による

白血病、固形ガン(胃がん、肝がん、乳がん、膀胱ガン、甲状腺がん) の

追加的発症(放射能由来による増加) や、

新生児の先天性異常の増加データを示しつつ、

安全な被ばく線量(しきい値) はないこと、

特に妊婦への影響が指摘された。

 

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マリコ氏のデータに対し、

沢田昭二・名古屋大学名誉教授が以下のようなコメントを寄せている。

1.比較対象群の設定の問題や、初期被曝の測定の不充分さから

  過小評価になっている可能性がある。

  つまり低線量の長期被曝によるリスク (晩発性障害) はもっと高い可能性がある。

2.いずれにしてもこの問題は、福島原発事故による被曝の影響を考える際に、

  参照すべきデータである。

  日本政府の責任で健康診断と治療体制を充実させ、

  晩発性障害の早期発見、早期治療によって被害を最小限に抑える必要がある。

3.これからは食品による内部被曝の影響が主な問題になるので、

  放射能の影響を避ける農業、畜産、漁業などの仕事に対する援助と、

  測定器を充実させた流通体制の整備をすべきである。

 


会場でのコメンテーターは、京都大学原子炉実験所の今中哲二さん。 

マリコ氏とは長年の議論仲間だと言う。

 

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今中氏は、よく知られた脱原発派の研究者であるが、

低線量被曝影響に対する判断は慎重である。

「まだよく分かっていない」 以上、氏にとってこれはまだ 「仮説」 である。

しかしながら、もしかしたら、低線量被曝研究についての

" 枠組み転換 "  が求められているのかもしれない、との視点を提供した。

 

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低線量被曝による影響については、

発症までの時間によって様々な外部要因が生まれるため、

放射能による影響とは明確に特定できなくなる。

これを解決するには、長い時間をかけた、しかもできるだけ数多くの人を

比較対照しながら見続ける疫学的手法に頼るしかない。

 

今中さんには、実は3月30日に

「食品と放射能問題検討共同テーブル」(於:カタログハウス) で講演をお願いした。

この報告もしなくちゃ、と思ってるんだけど・・・追いつけないね。

 

質疑応答では、報告された研究内容に対する質問だけでなく、 

チェルノブイリ後の住民対応(移住や健康調査・対策など) や、

食品の安全性基準の設定経過、はては瓦礫対策と、具体的質問が数多く出された。

 

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日本はどうも、正確な事実調査とそれに基づいた効果的な対策を目指すことより、

国民の不安行動を怖れるあまりに、安全を強調しすぎてきた傾向がある。

それが結局、国への不信を生んできた。

「福島のすべての人の医学登録簿(健康調査と治療履歴) をすぐに作ってほしい。

 それは世界の人々(の予防) のためにも必要なこと。」(ステパーノヴァ教授)

こういう感覚がほしいのだが、どうも生まれてこない。

 

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低線量での長期被曝による晩発性影響。

この問題は長い論争が続くのだろうが、

日々食を運び続ける僕ら、日々何かを食べ続ける僕らは、

専門家論争が決着するまで思考を停止させておくことはできないわけで、

こういう仮説がある以上、「予防原則」 の視点は捨てられない。

この 「保守性」 は動物の自己防衛本能であり、

「大丈夫、問題ない、平気、平気」 という専門家は、

個々のリスクに対する 「科学の (倫理的) 責任」 を果たしていない。

いわばただの科学論者であって、

(私にとって) アテにできない学者、ということになってしまう。

人は今、私 (あるいは私たち) に対するモラルを感じさせてくれる人を求めている。

ただ一歩間違えばコワいことにもなるわけで、

盲信してはいけないよ、と言い聞かせながら歩かなければならない。

 

原発とは、厄介な難題を提示したものである。

 



2012年4月21日

チェルノブイリから学ぶ 「低線量被曝」

 

今日は、年2回(春と秋) の大地を守る会の社員合宿の日。

部署持ち回りで幹事が指名され、自由に企画が練られる。

組織方針をめぐってディスカッションが行なわれることもあれば、

レクリエーション一色になることもある。

 

僕が幹事側になって仲間と企画したもので強く印象に残っているのは、

安全審査グループ時代にやったワークショップ型合宿かな。

千葉・さんぶ野菜ネットワークにお願いして有機農業体験する組、

船橋で船(大野一敏さんの太平丸) に乗って三番瀬を学ぶ組、

林業体験組、ゴミ処分場をめぐる組などに分かれ、

体験後はそれぞれの現地で 「運動と事業のつながり」 をテーマに議論し、

夕方に合流して懇親会、翌日、総括討論をやって提案型にまとめる、という趣向。

わずかなスタッフで皆よく切り盛りしながら働いてくれた。

 

さて今回は、宅配部主催。

出された企画は久しぶりの分散型、

しかもやっていただくことは街の清掃(ゴミ拾い)、という初物企画。

本社のある海浜幕張周辺組、六本木事務所周辺組、

今日明日と出展者として参画するアースデイ東京・代々木公園組に分かれ、

ゴミ拾いをやって、午後に浦安の温泉施設に合流して、

お風呂に入って宴会、という流れ。

 

アースデイ会場は、おそらくそんなにゴミは出ないと思うのだが・・・ 

とか言いながらワタクシはというと、

エプロンして街に繰り出す幕張組に 「ごめんなさい」 をして、

東京で行なわれるシンポジウムの聴講に向かわせていただいた次第。

テーマは、「低線量被曝に向き合う -チェルノブイリからの教訓-」。

会場は、本郷にある東京大学弥生講堂。

ウクライナとベラルーシから二人の研究者を招いて、

チェルノブイリ後に進行した住民たちの健康被害についての最新研究成果を学ぶ。

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招いたゲストは、

ウクライナ国立放射線医学研究所・小児放射線部長、Y・ステパーノヴァさん。

ベラルーシ科学アカデミー主任研究員、M・マリコさん。 

 

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ステパーノヴァさんの報告。

1986年4月26日深夜に発生したチェルノブイリ原発第4原子炉で発生した事故は、

「レベル7」 という最も深刻な事故災害となり、

この原子炉を鎮めるために80万人を超す作業員が動員され、

その作業者の中からも多くの被爆者を出した。 

被曝が原因とみられる死者の数は今も累積されていってる。

 

4km離れたプリピャチ市の住民を避難させるために

1100台のバスと3本の列車が用意され、3時間で4万5千人が避難した。

事故の規模が明らかになるにしたがい、

汚染地域・30km圏内からの避難が行なわれ、1993年末までに23万人が避難した。

 

ウクライナでは、チェルノブイリ事故の被災者を4グループに分けて登録している。

1) 事故処理作業にあたった人。

2) プリピャチ市と30km圏内から避難した人。

3) 放射性物質で汚染された地域に居住している人。

4) 被ばくした両親から生まれた子ども。

 

今回はチェルノブイリ事故が子どもの健康に与えた影響について報告された。

ポイントを上げれば、

・30km圏内から避難した子供にも、放射能汚染地域の住民にも、

 機能障害から慢性病へ移行する現象が見られた。

 この傾向は子どもが18歳になるまで続いた。

・健康な(何も疾患がない) 子どもの割合は、1986-87年の27.5%から、

 2005年の7.2%へと減少した。

・甲状腺に高い線量を被ばくした子どものうち、健康な者は2.8%に満たない。

・プリピャチ市から避難した子どもの疾患レベルは、比較対象グループよりも、

 事故後一貫して高く、2003年の健康調査では、避難グループの疾患レベルは

 対象標準グループに比べて3倍高い。

・子どもに見られる慢性疾患の特徴は、

 以前には子どもには見られなかった病気が見られるようになったこと、

 複数の病気にかかりやすくなったこと、病気の長期化および再発傾向が見られること、

 そして治療効果が低い(治りにくい) ことが上げられる。

・子どもの発達期における障害頻度は、胎児期の甲状腺被ばく線量と相関する。

・放射線リスクに他の危険要因(様々な環境的要因ヤ生活要因) が加わることによって、

 発達異常数が増加する。

・子どもの軽度な諸発達異常数と総被ばく線量に、正の相関関係がある。

 また被ばく時の胎児に妊娠期間(週) とは負の相関関係がある

 (=妊娠初期に被ばくしたほうが発達異常が多い)。

・染色体異常と胎内被ばく線量には相関関係があることが明らかになった。

 

ステパーノヴァさんは、チェルノブイリの教訓をこうまとめた。

1.チェルノブイリと福島第一原発事故は、

  原子力発電でもっとも起こり得ないとされた事故でさえ起こり得ることを示した。

  (原発を有する) 国家は事故に備えて対応措置を高度なレベルで準備し、

  常に対応措置がとれるように態勢を整えておかなければならない。

2.チェルノブイリ事故が大事故であると認識するのが遅かったこと、また

  住民と環境への深刻な影響への理解が不足したことが、

  住民、特に子どもの健康に大きな被害をもたらした。

3.事故対応システムが欠如していたことが、事故状況下で、

  処理作業に用意を欠いた人を事故処理に充てることになった。

  この決定は不合理であり、作業員の健康状態に与えた影響は正当化されえない。

  (エビ注......日本では、この部分はまったく明るみにされてない。)

4.被ばく線量の大部分は事故が危機的状態にあったときに放出された。

  人々への健康、特に子どもの健康保護は何よりも優先されるべきである。

  住民の避難は正しいものであり、効果的だった。

  しかしながら若干遅れたために、最大限の効果は得られなかった。

  今は毎年、子どもたちは4週間以上、保養施設で健康増進を行なっている。

5.原発事故に関して、住民に遅れることなく、しかも十分客観的な情報が

  伝えられなかったことが、社会に心理的緊張を生み出す前提となった。

  避難と移住の過程は、時に家族関係、友人関係、倫理的・文化的価値観を破壊した。

  さらに、新しく住む場所に関する被災者の選択権も考慮されなかった。

  チェルノブイリ事故の教訓として、住民の生活条件を変えるような決定を下す際には、

  被災者の希望を考慮する必要があることを認識することである。

6.チェルノブイリに関するすべての健康問題は、被災者のモニタリング登録が

  事故直後に作成されていたら、より効果的に解決されていただろう。

  しかし登録簿はかなり後に作成された。

7.子どもの健康状態が変化した原因は放射能の影響である。

  放射能由来でない要素 (生活条件や食料条件の悪化、精神面での長期的緊張など) も、

  健康状態変化の原因にあげられる。 

  (しかしそれも 「事故による影響」 である以上) 放射能事故による悪影響を受けた

  子どもの健康を維持し、回復するための施策は、医療当局だけでなく

  国家政策の優先事項に他ならない。

8.放射能の影響に関する住民の知識を高めるため、

  また精神・感情面での緊張感やストレスを軽減するために

  啓蒙活動を常に行なう必要がある。

  また農村地域では、住民にとりわけ信頼される情報提供者である教師、

  医療従事者、社会福祉関係者などに対する研修プログラムを導入すべきである。

 

ステパーノヴァさんは、強調した。

「子どもたちの健康を守ることは、国家の責任であり最重要政策である。」

 

僕たちは、4半世紀前のチェルノブイリから何を学んだんだろう。

そして、フクシマから何を教訓に残せるのだろう。

 



2012年3月31日

ニッポンのリグビタートル -無名の英雄たちよ

 

強風の一日。

出かける予定だったのが電車が止まり、お陰で仕事をいくつか処理した。

悩みの種は、底なし沼にはまったようなこのブログ。

この間、アップしたいネタも溜まり続けているのだけど、

その前に重かった、実に重かった東北レポートを終えなければならない。

 

3月24日(土)、「福島視察・全国集会」。 

前回、伊藤俊彦の決め台詞まで書いた。

「 この難局を乗り越えられたら、

 福島は日本一、いや世界一優秀な農民たちの地域になれる!」

この確認ができただけでも、今日の一日は価値がある。

 

シンポジウム終了後は、交流会。

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福島の地産地消をリードしてきた 「ホテル・ヴィライナワシロ」元料理長・山際博美氏と、

「ホテル華の湯」料理長・斉藤正大氏が技を競った、

福島産&有機をベースにした食材の数々に皆感激しつつ舌鼓を打つ。

お酒は、大地を守る会でもおなじみの金寶(きんぽう)酒造に大和川酒造ときた。

 

「どこよりも美しい村づくり」 に取り組んできた福島県飯館村をPRする

" までい大使 "  の一人、大和川酒造店代表・佐藤弥右衛門さん。

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「原発はもうやめにしましょう。

 新しいエネルギー時代を、福島から発信したいし、福島にはその力がある!」

とハッパをかける。

福島の意地をかけたような交流会だった。

 

二日目(25日) は、2コースに分かれての現地視察。

僕は 「放射能とたたかう農業者」 視察コースを希望する。

 


福島市にある果樹園での除染作業を見る。

まず、ぶどうの樹の粗皮(そひ) 削りの様子。 

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もともと梨・ブドウ・リンゴなどでは、

病虫害対策のために表皮を削ることは、前からあった方法である。

加えて今回は、放射性物質は表皮に付着していることが分かってきているため、

この時期に徹底的に削ることが推奨されている。

 

続いて、高圧洗浄機による水洗い作業。 

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皮を剥ぐわけにいかない桃やサクランボでは、この方法を徹底する。

降り注いだ放射性物質は枝の背中(上部) に多く付着しているため、

上からの洗浄となる。

これらの作業により、樹体に付着した放射性物質の9割以上を取り除くことができる、

というのがこれまでの試験によって実証されてきたことだ。

 

これらは、平成23年度産の果実や土壌の検査から、

放射性物質は土壌の表層0~3cmにほとんど留まっていることが判明していて、

根域に達していないことで、根からの吸収は考えられず、

樹体からの移行と判断されての対策である。

土の中でセシウムをがっちりとつかまえているのは粘土粒子である。

 

しかし、言葉の正しき意味においては、この作業は  " 除染 "  ではない。

食べ物である果実に移行させないための抑制対策である。

洗浄により地面に落ちた放射性物質は、土壌の粘土粒子によってつかまえさせる。

削られた粗皮は土に還すことはできず、まだ処分方法が定まっていない。

おそらくはチップや粉にして容積を小さくして、然るべき処理施設で燃やすか

埋める・・・ ということになろうかと思う。

 

対策の結果は秋に判明する。 まだまだ予断を許さない、というところか。

まあ、それでも

「福島市の前年度産の桃やリンゴ、梨は、新基準値(100ベクレル) を下回ってます」

というのが福島県の農業振興普及部からの説明である。

100以下、しかも低い水準のものがほとんど、とのデータを見せられる。

 

次の視察先は、二本松市東和地区。 

菅野正寿さんの田んぼでの反転耕起作業を見る。

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今、ジェイラップ(稲田稲作研究会) でもやっている作業だ。

しかもこちらは、天ぷら油を再精製したVDF燃料でトラクターを動かしている。

 

水の入口にはゼオライトを敷き、セシウムを吸着させる。 

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食の安全と安心を取り戻すために、

皆で 「やれることはやり切ろう」 と必死である。

人工放射能という魔の兵器に、体を張った総力戦で対峙する農民たち。

泣けてくる。。。

 

視察団一行と途中で分かれ、

僕は大地を守る会がリンゴで契約している二本松の生産者団体

「羽山園芸組合」 に回る。

こちらでも同様の作業の真っ最中である。

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これはサクランボでの洗浄風景。

 

リンゴは脚立に上っての作業。

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粗皮削りを終えたリンゴの樹。 

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羽山園芸組合の3名。 

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左から、熊谷耕一さん、武藤喜三さん、武藤善朗さん。

 

「羽山 (という地元の山) が遮ってくれて、ここいらは (線量は)低い方」

だと言いながら、彼らの不安は、まだまだ消えない。

何度となく聞かされた言葉 - 「とにかくやるだけのことはやりますから」(喜三さん)。

ドキドキしながら秋まで過ごすことになるのだろう。

 

羽山園芸組合を最後に、東北をあとにする。

 

思えば、、、世界には今も432基のゲンパツが存在し、

放射性物質の影響はグローバルであり、

かつすでに 「管理」 という名での付き合いは永遠(十万年以上) である。 

私たちがこの宇宙船地球号をどのような形で次世代に継承するにせよ、

彼ら生産者たちの悪戦苦闘は、

  " 二度と起きてはならない、その時のためのマニュアル "  として

残さなければならない。

アフリカ大陸の原発だって、いざとなれば救わなければならないワケだし。

 

彼ら生産者たちは、

ニッポンのリグビタートル (チェルノブイリの事故処理に当たった消防士たち) だ。

たくさんの無名の英雄たちが福島を、そして未来を支えようとしている。

地球市民の一人として見過ごすわけにはいかない。

 

だって、いつか孫やその孫たちから

" どうしてマニュアルを残してくれなかったんですか "  なんて、

言われたくない。

でもそのためには、付き合ってくれる(食べる) 人が必要となる。。。

 

21世紀は、哲学の世紀になるかもしれないね。

いや、ならなければならないのかも。

 

いま福島原発で闘っている文字通りのリグビタートルは、

いつか、チェルノブイリのように英雄として称えられるのだろうか。

それとも歴史に埋もれるだけなのだろうか。

 

顔も名前も分からない原発現場でたたかう人たち、

再興に挑みながら助け合う三陸の人々、必死で土を耕す農民たち、

そして、、、結果を受け止め、食べる人々。

たくさんの無名の英雄たちがいることに深く感謝して、

変えよう、日本を!

- この言葉をもって、東北レポートを終えたい。

 



2012年3月28日

世界一優秀な農民になろう

 

3月24日(土)、磐梯熱海での全国集会に向かう前に、

福島市松川町の 「やまろく商店」 さんを訪ねる。

福島市から二本松市にかけて百数十軒の米の生産者を束ね、

「やまろく米出荷協議会」 を運営する。

 

社長の佐藤正夫さん。

抱えているのは、セシウム対策として農家に配っているソフトシリカ。

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モンモリロナイトという自然の粘土鉱物で、

以前から土壌改良や稲体の強化に活用されてきたものである。

 

昨年は、周囲から 「米を作らない方がいいのでは」 という声もあったようだが、

メンバーは明確な意思を持って作付した。

田を荒らすわけにはいかない。

先祖から受け継いできたように、この田を次代に渡すために。

米はほとんど10ベクレル未満に抑え込んだ。 一部では超える米もあったが、

有機栽培の田んぼは低い、という確信も得られた。

今年は 「すべて10ベクレル未満にする」 と、協議会総会で確認し合った。

大地を守る会の自主基準で、米を10ベクレルに設定できたのも、

「やまろく」 さんの力強い決議があったことによる。

 

思い返せば1993年、

日本が歴史的大冷害に見舞われ、米の値段が暴騰して、

当時の細川政権は米の緊急輸入を発動した。

あの時、「やまろく米出荷協議会」 は、敢然と

「消費者が困っている。 値上げはしない!」 と宣言してくれた。

あれ依頼のお付き合いである。

今こちらが支えられないでどうする、と思うのである。

ここで仁義を通さなかったら、この世が廃(すた) る。

 

思いがけず、弊社・藤田社長がツイッターで後方支援してくれた。

   今朝から、わが家のご飯は福島産コシヒカリに変わった。

   大地を守る会の自主基準では米はセシウム10ベクレル/㎏ 以下だが、

   この米は測定値最大で33ベクレル/㎏ だった。

   生産者を応援すべく大地を守る会は会員に測定値を公表して販売している。

   妻と相談して食べることにした。 美味しいね、と妻。 (3月23日付)

 

「私はやっぱり食べられない」 という反応もあったようだが、

「無理しないでいいですよ」 と返している。

子どもに配慮しつつ、大人は食べる。

ま、そこはあまり気張らず、

それぞれに持続可能な形で 「支え合い」 の輪を維持させたい。

 

今年の取り組みを確認したところで、

佐藤社長の車に乗せてもらって磐梯熱海に向かう。

会場は 「ホテル華の湯」。

ジェイラップ・伊藤俊彦さんと合流し、一緒にラーメン食べてシンポジウムに。

 

「 福島視察・全国集会 農から復興の光が見える!

 ~有機農業がつくる持続可能な社会へ~ 」

 

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全国から300人くらいの参加者があり、 

会場はすでに熱気に満ちていた。

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開会を宣言する、福島県有機農業ネットワーク代表・菅野正寿さん。 

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子や孫に安心して食べさせられる野菜を育てたい、その一心で耕してきた。

結果は予想を超えて、検出されてないものばかりになってきている。

土の力を信じて、耕しながら前に進みたい。

今日を、「がんばろう日本」 から 「変えよう!日本を」 の分岐点にしたい。

 

「福島における放射能汚染の実態と今後の対策」 など、

3名の先生による講演があり、続いてパネルディスカッション。

タイトルは 「福島県農産物の風評被害の実態と今後の対策」。

菅野正寿さんをコーディネーターとして、

パネリストは、滝澤行雄さん(秋田大学名誉教授)、伊藤俊彦さん(ジェイラップ)、

大津山ひろみさん(生活クラブ福島理事長)、そして戎谷。

 

前に座らせられていると、どうも全体の流れはうまくまとめられない。

自分の話したことはだいたい以下の感じ。

 ・「風評被害」 と呼ぶのはやめよう。

  実体のない評判による被害ではない。 ましてや消費者が加害者なわけもない。

  ともに原発事故による被害者として理解し合うことで、大本を断つことができる。

 ・大地を守る会で取り組んできた対策や基準についての考え方について。

  「内部被爆から子どもを守る」 という姿勢を生産者とともに示すことで、

  つながりを取り戻したい。

 ・そのために頑張ってくれている生産者の取り組みを正しく伝え、

  実態を踏まえつつ、 「大人は食べる」 運動も進めたい。

 ・これは未来のために、「国土を回復させる」 運動である。

  そのために生産と消費をつなげる努力を続けるのが流通者の使命だと思っている。

 ・特に有機農業の力を信じる者として、皆さんの営為をしっかりと伝えていきたい。

とまあ、必死でエールを送ったつもりである。

 

僕の隣に座った伊藤俊彦さん。

これまでの取り組みと成果を語った上で、皆を奮い立たせた。

「 この難局を乗り越えられたら、

 福島は日本一、いや世界一優秀な農民たちの地域になれる!」

フクシマで今、国土を守る精鋭部隊が形成されつつある。

 

・・・・・今回で最後まで書き終えるつもりでいたのだが、

すみません。 本日の作業ここまで。

 



2012年3月22日

釜石から

 

直前になるまで行程を定められなかったことも災いして、

岩手県釜石に向かうのに、三日前に

東北新幹線・新花巻駅でレンタカーを借りようとしたらすでに予約一杯で、

手前の北上駅でようやく軽を一台押えることができた。

今の三陸方面は平常時とは違うことを改めて思い知り、

慌てて宿もあちこち当たって、二日目は何とか

宮城県南三陸町のホテルの  " 離れの一室 "  というのを確保した。

 

建設会社によると思われる 「貸し切り」 の札がかかった宿の

" 離れ "  と呼ばれる本館裏の簡易宿舎ふう建屋の一室で、

東北出張の経過を記し始める二日目の夜。

宿代が正規の部屋と同じなのが少々納得ゆかないけど、、、

3月下旬でまだ寒い東北、部屋を用意してくれただけでも感謝すべきか。

ノムさんみたいなボヤキはやめてストーブをつけ、丹前を羽織って

大人しくパソコンに向かう。 まずは昨日の報告から。

 

3月21日(水) 朝6時半、5日間にわたる東北出張に出発。

10時41分、北上駅着。

レンタカーを借り、遠野街道に向かって走り始めたら

工事による通行止め区間にぶつかり、北に迂回したりしながら、

遠野の道の駅 「風の丘」 でCSR推進本部事務局長・吉田和生と合流。

ここで行者にんにくラーメンを食べ、午後1時半、釜石市役所に到着。

 

震災1年後の、街なかの風景。

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復興はまだ、まだである。

 

大地を守る会は、この街に設立されたNPO法人「東北復興支援機構」 に

ガンマ線スペクトロメーター1台を提供(無償貸与) した。

つながるきっかけは 「鮮魚の達人」 たちのネットワークだった。

昨年11月末に設置し、検査トレーニングなどを経て、

いよいよ4月から地元漁業者からの測定依頼を受ける体制へと進んできた。

しかも釜石市の放射能対策の方針とリンクする形となり、

市が策定した 「地域水産物の放射能測定に関する基本方針」 のなかで、

「測定調査に必要な人員の手当てを図る」 とともに、

測定結果を市のホームページで公表する、という関係に発展した。

 

そこで昨日は、

市による地元漁業者や水産加工業者向けの説明会が開催されることとなり、

合わせて放射能についての話をしてくれ、という依頼を受けての訪問となった次第。

ここでのお話は吉田が務め、僕は補佐役。

 

津波被害を免れた高台にある事務所に設置された測定器。

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生産地への貸し出しは福島県須賀川市・ジェイラップに続いて2台目。

こちらは自治体の取り組みにも貢献する形での本格スタートとなったわけで、

今後の水産物の状況把握とともに、

漁業者・事業者そして消費者の安心に貢献できるよう、

計画的に進めてゆかなければならないと思う。

 

その測定実務を担うNPO法人 「東北復興支援機構」

副理事長の三塚浩之さんに案内いただき、

大地を守る会の復興支援基金からお贈りした漁船を確認する。

 

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この船は、山形・舟形マッシュルームさんからの義援金によって調達したものである。

マッシュルーム菌舎の倒壊など甚大な被害を受けたにもかかわらず、

大地を守る会からの義援金をそっくり 「三陸の方々のために役立ててほしい」

とカンパしていただいた。

残念ながら船主の佐々木健一さんとはお会いできなかったが、

漁船登録で少々手間取っているらしい。

漁に出るようになったら、舟形マッシュさんも招いて祝いたいものだ。

 

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写真左が三塚浩之さん。

釜石発⇒復興未来行き切符 諦めない限り有効 1枚300円

なるチケット販売を企画するなどのアイデアマンでもある。 

右が吉田和生。 専門委員会 「おさかな喰楽部」 を率いる炊き出し隊長。

 

車で移動しながら眺める震災の爪あとには言葉も浮かばず、

ただため息ばかり。 

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夜は遠野まで戻って、「民宿とおの」 に泊まる。

三塚さん推薦の、隣接する古民家を移築したレストラン 「要(よう)」 で食事。

料理も素晴らしかったが、自家製ドブロクがとにかく旨かった。

民話の里・遠野にお越しの節は、ぜひ。

 

今朝は宿で吉田と別れ、僕はふたたび釜石を経由して

陸前高田~宮城県気仙沼と通過して、南三陸町へと向かう。

 

釜石湾をあとにする。

崩壊した堤防から威力を想像するも、今日の海はただただ穏やかに凪いでいる。

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湾を望む釜石大観音さま。

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たくさんの深い哀しみを抱きしめ、愛をすべての人に。

 



2012年3月20日

放射能に克つ

 

放射能に勝つ! なんてできるワケがない。

しかし、原発を恨み、ただ手をこまねいて敗北者への救済を待っても、

農という営みは再生しない。

 

人が生きている限り、農は必須である。

しかも、農の健全さと人々の健康、そして社会の安定は比例関係にある。

その確信を持つ者は、敵が放射能であろうとも、抗い、たたかう。

たたかって、たとえ敗北しても、

この精神だけは次世代に渡さないと、気がすまない。

汚染に立ち向かい、食とその源泉である大地を守るために人智を尽くす。

これは放射能という絶望を克服する、希望のための作業であると、信じて疑わず。

 

3.11から1年、

そんな思いを込めた一冊が出来上がった。

 

『 放射能に克つ農の営み

  ~ふくしまから希望の復興へ 』 

『放射能に克つ農の営み』カバー.JPG

 

ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会の菅野正寿さん、

ジェイラップの伊藤俊彦さん、

あいづ耕人会たべらんしょの浅見彰宏さん、

といった本ブログでお馴染みの生産者が登場します。

戎谷徹也も、書いてます。

 

目次は以下の通り。

プロローグ 「土の力」に導かれ、ふくしまで農の道が見えてきた......中島紀一

第1章 耕して放射能と闘ってきた農家たち
 1 耕してこそ農民――ゆうきの里の復興......菅野正寿
 2 放射能はほとんど米に移行しなかった
      ――原発事故一年目の作付け結果と放射能対策......伊藤俊彦
 3 土の力が私たちの道を拓いた
      ――耕すことで見つけだした希望......飯塚里恵子
 4 土地から引き離された農民の苦悩
      ――根本洸一さんと杉内清繁さんの取り組み......石井圭一
 5 85歳の老農は田んぼで放射能を抑え込んだ
      ――安川昭雄さんの取り組み......中島紀一
 6 100㎞離れた会津から新たな関係性をつくる......浅見彰宏

第2章 農の営みで放射能に克つ......野中昌法
 1 農の営みと真の文明
 2 農業を継続しながら復興をめざす
 3 核実験が農地に及ぼした影響への調査から学ぶ
 4 土の力が米への移行を抑えた
 5 ロータリー耕などの技術による畑の低減対策
 6 森林の落ち葉の利用は可能か
 7 除染から営農継続による復興へ

第3章 市民による放射能の「見える化」を農の復興につなげる......長谷川浩
 1 市民放射能測定所が生まれた
 2 用語と測定の基礎
 3 放射能の「見える化」の意義
 4 汚染度が低かった福島県産農産物
 5 福島とベラルーシの農産物汚染の比較
 6 そもそも土の中はどうなっているのか
 7 今後の放射能汚染対策

第4章 農と都市の連携の力
 1 首都圏で福島県農産物を売る......齊藤 登
 2 応援します! 福島県農産物......阿部直実
 3 ふくしまの有機農家との交流から、もう一歩進む......黒田かをり
 4 分断から創造へ――生産と消費のいい関係を取り戻すために......戎谷徹也
 5 地域住民と大学の連携......小松知未・小山良太

第5章 有機農業が創る持続可能な時代......長谷川浩・菅野正寿
 1 持続可能でない日本
 2 21世紀は大変動の時代
 3 これから発生するリスク
 4 日本にも持続的な社会はあった
 5 有機農業が拓く世界
 6 有機農業が創る持続可能な時代
 7 ふくしま発、持続可能な社会への提言

エピローグ 原発と対峙する復興の幕開け......大江正章

出版社・コモンズから。

四六判 288頁。 1900円+税。

執筆者たちに払われるべき印税はすべて、

福島有機農業ネットワークに寄付されます。

 

短期間で無理やり書かされて、

「印税は寄付だからね」 と当然のように言われて、

販売までせっせと協力しているワタシ。

人がいい? いいえ。

ただ  " 放射能に克ちたい "  の一心です。

 

明日から25日まで、岩手~宮城~福島と流れます。

途中で一本は書きたいと思っているのですが・・・ さて。

 



2012年3月15日

バランスのとれた食事こそ防護の原則

 

遅まきながら、

2月17日(金)に 「食品と放射能問題 検討共同テーブル」 が開催した、

白石久二雄さんを招いての内部学習会の概要につき、

大地を守る会の会員向け機関誌 (『NEWS 大地を守る』) 用に原稿を書いた。

白石久二雄さんについては、以前にも紹介 した経緯があるので、

ここでもアップしておきたい。

 

「バランスのとれた食事こそ大事な防護」

-白石久二雄さん学習会

 

大地を守る会他4団体で構成する 「食品と放射能問題 検討共同テーブル」 では、

2月17日、元(独)放射線医学総合研究所 緊急被ばく医療研究センター

内部被ばく評価室長の白石久二雄さんをお招きし、

「食物摂取による内部被ばく」 をテーマに学習会を開きました。

 

白石久二雄さんは、食品による放射線内部被ばくのリスクについて

専門的に研究された日本で唯一の研究者であり、

チェルノブイリ原発事故後、「ウクライナ医科学アカデミー放射線医学研究センター」

との共同研究に携わりました。

 

ウクライナでは1994年、知識不足によって健康を損ねがちな現地の人々のために、

放射線に対する正しい知識と防護のための食事法 (食材の選び方や調理法など)

を解説した小冊子が、国際赤十字社の支援によって無料で配布されました。

白石さんはその冊子を翻訳し、自費出版しました (『チェルノブイリ:放射能と栄養』)。

それが今、福島原発事故によって注目されるとともに、

数多くの書物等に引用されています。

白石久二雄氏.JPG

 


学習会では、放射線の基礎から始まり、

事故前の自然放射性核種と人工放射性核種の被ばく実態

(自然放射性核種による日本人の年間平均被ばく量は年間1.48mSv、

 うち食事から0.41mSv =国民一人一日当たり平均で135Bq 相当、

 人工放射性核種による被ばくは0.1Bq 未満だった)、

体内の放射能 (体重60㎏ の人で約7,000Bq)、

放射性物質の人体に及ぼす影響

(確定的影響と確率的影響。 確率的影響にはしきい値は存在せず、

 被ばく線量と健康影響は、100mSv 以上では比例関係にあるが、

 100mSv 未満では明確な結論は出ていない)、

吸入摂取・経口摂取による内部被ばくの計算法、等について

解説いただきました。

 

食品から内部被ばくを避けるための防護の基本は、以下の5点。

① 可能な限り放射性物質の含有量の低いものを摂取する。

  そのためには情報公開が必要。

② 調理や加工法により放射性物質を減らす。

  基本は、洗う(皮をむく)、煮る(浸す・茹でる)、塩や酢の活用、

  前処理なしでの油料理は避ける、魚は骨や内臓を避ける、等。

③ 放射性物質の吸収阻害と排泄促進。

  カルシウムはじめミネラル類と食物繊維の摂取を推奨。

  カリウムとペクチンも有効。

④ 被ばくに対する生体の抵抗力(免疫力)を強化する。

  それにはバランスのとれた食事によって免疫力を上げることが重要。

  ビタミン・ミネラル類、抗酸化物質、蛋白質を摂ること、脂を摂り過ぎないこと。

  海藻類や発酵食品を主とした伝統的和食を見直したい。

 

白石さんは、国の新たな基準については一定評価しつつ、

もっと子どもに対して配慮する必要があると主張され、

検査機器の徹底した配備、陰膳法の活用などが提唱されました。

 

「共同テーブル」では、こういった内部学習や専門家へのヒアリングを進めながら、

食品における放射性物質に対する規制・基準の  " あるべき形 "  について、

これからも検討を重ねていきます。

 

提出した原稿はここまでですが、おまけとして、

白石さんの著書を紹介しておきます。

前に紹介した白石さんの翻訳による自費出版

『チェルノブイリ:放射能と栄養』 より分かりやすく、

また福島原発事故を受けて日本人向けに再編集したもの。

 

『福島原発事故 放射能と栄養』 

福島原発事故:放射能と栄養.JPG

(発売元:宮帯出版社、定価890円+税)

掲載されている調理法・レシピも、日本料理に入れ替えています。

これはフード・コーディネーターである奥様・白石かおるさんが

考案されたとのこと。

 



2012年3月11日

大地を守る会の自主基準

 

あれから1年が経った。

とてつもなく長かったようでいて、あっという間の1年だった。

いまこうして 「放射能対策特命担当」 などと言われる自分が存在することに、

改めて戦慄を覚える。

 

去年の3月11日のあの時、僕はこの場にいた。

成田の某ホテル。

ここで、「さんぶ野菜ネットワーク」 の総会が開かれていた。

1年後の3月9日(金)、まったく同じホテルで総会が開かれた。

「今日揺れたら、呪われているとしか思えないね」

とか冗談言い合いながら、さんぶの生産者たちと、この日は楽しく過ごすことができた。

放射能の影響による販売不振は尋常ではなかったのだが、

報告された数字は、よくぞ持ちこたえた、というものだった。

 

この情勢下で、新規就農者も6人。

研修を終えて、晴れて組合員になった。

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頑張ってほしい、なんて言ってられない。

こちらの責任も重大なのである。

 

今日は、日比谷公園での 311市民のつどい 「ピース オン アース」

参加するのもやめて、追い詰められていた原稿をやっつけた。

大地を守る会が設定した、食品の放射性物質に対する自主基準について。

会員に配布する説明パンフレットに、

設定までの道のりや思いを書け、という指令。

 

当会の基準の内容については HP を見ていただくとして、

この基準については生産者はじめ各方面から質問を受けたことでもあるので、

駄文ながらここにアップすることで、説明の一端にしたいと思う。

僕の中では、生産者・ H さんへの手紙のつもりでもある。

 


未来の子どもたちのために-

「大地を守る会の自主基準」 設定までの道のりと、お約束

 

東日本大震災と東京電力福島第1原発の大惨事から、1年が経ちました。

生産者の安否確認やインフラの建て直しに追われながら、

一方で放射能に向き合うという前代未聞の事態に潰されそうになったことを、

思い返しています。

あの状況下でのオペレーションに落ち度はなかったか、

検証する暇(いとま) もないまま、走り続けてきました。

福島をはじめ東日本の第一次産業は、今もって暗い陰に苦しめられています。

 

大地を守る会では、事故以降、

放射能汚染のできるだけ正確な実態把握 (測定体制の強化) と

情報公開に努めるとともに、生産者の対策支援に尽力してきました。

お陰さまで現在、高精度の放射能測定を可能とする体制

(ゲルマニウム半導体検出器 1台、NaI ガンマ線スペクトロメーター 6台

 ~うち 2台は生産地に設置) を整えるまでに至っています。

 

食品における放射性物質の規制に関しても、

拙速に 「規制値」 を設定せず、科学的知見の検証と、

「基準」 を遵守できる体制の確立、生産地での対策の見定めが必要である、

という姿勢に立って検証を進めてきました。

また並行して、他団体とともに 「食品と放射能問題 検討共同テーブル」 を立ち上げ、

" 基準とはどうあるべきか "  について討議を深めてきました。

昨年末に厚生労働省から発表された 「新基準値案」 に対しては、

「共同テーブル」 として 「提言」 を発表し、基準の考え方を提示しました。

 

こういった取り組みを土台として、たどり着いたのが今回の 「自主基準」 です。

「基準」 設定にあたっては、たんに流通を規制する 「数値」 だけでなく、

放射能汚染に対する考え方を示す必要があると考えました。

それを表現したのが基本姿勢の ①~④ です。

また原因の大元である原発に対する私たちの姿勢も、改めてここに明記しました。

 

数値にも意味があります。

根本に据えたのが、大地を守る会の原点である次の言葉です。

 「子どもたちの未来のために、美しい大地ときれいな海を取り戻そう!」

 

私たちはここに、「未来の子どもたち」 を加えました。

長期的な低線量内部被ばくの影響はまだ不明 (未解明) という現状にあって、

将来に禍根を残さないためにも、

「子どもを守る・守ってみせよう」 という基準でありたいと考えました。

 

生産者からは 「厳しすぎる」 という声も上がりました。

しかしあえてお願いしました。

食を生産する者の責任として、「子どもを守る」 と宣言しよう。

ゼロリスクはもはや無理であっても、「ゼロを目指す」 努力をしよう。

そこから 「つながり」 を再構築しよう。 「つながり」 があってこそ、

" 基準を超えた場合でも生産者を切り捨てない "  が実現できます。

その意味でも、この基準は私たちに、

" 何を、どう食べるか "  について、再度学び合うことを求めているように思います。

そういった機会も用意していかなければなりませんね。

 

この基準は、これからの私たちの 「行動規範」 となります。

「未来の子どもたち」 への責任を全うする決意で、

本基準を設定・運用していくことをお約束します。

        (2012年3月11日記、春を待ちわびながら-)

 

 

前回の日記で紹介したユーリ・バンダジェフスキーが語っている。

当局の圧力で投獄の身に遭いながらも、医者としての信念を貫く人の言葉。

 

  被災者の健康状態は、まさに災害である。

  しかし、私自身が医者である限り、見込みなしとは言えない。

  神に誓って私は訴える。

  尽力できる者は状況改善にベストを尽くせ と。

  地球上で生命ほど貴重なものはない。

  私たちはできる限りのことをして、生命を守り通すべきである。

 

集会に行って、みんなと一緒に黙祷はできなかったけど、

僕なりに思いを新たにした一日。

 



2012年3月 9日

ムッシュ と呼んでくれ

 

" ムッシュ・エビスダニ~ "

 ・・・ウ~ン、心地よい響きだ。

 

7日(水) の朝、やってきたのはフランスからの一団。

フランス緑の党の州(だったか) のリーダーと有機農家に女性のジャーナリスト。

福島原発事故以降の日本の状況を知りたくて来日した。

福島の各地を回り、またいろんな団体の話を聞く予定だという。

カメラ班もくっついてきている。

ドキュメンタリーを一本、ねらっているようだ。

 

説明係に指名され、大地を守る会の説明から始まり、 

放射能汚染の経緯と現状、弊社の取り組みなどお話ししていくなかで、

話題は、国や電力会社の事故後の対応のまずさとその影響、そして

安全神話がつくられていった背景などへと広がっていく。

また脱原発の方向を支持する国民が多数を占めてくる中で、

事ここに至ってもなお原発に依存しようとする自治体があることの理由まで聞かれた。

原発マネー (電源三法交付金や電力会社からの寄付金) が

自治体の経営を逆におかしくしてしまったことや、

原発の新規誘致が同じ場所に集中していった原因となったことなどをお話したところ、

何とフランスでも似たような問題はあるのだという。

原発大国フランスでも、内実はもちろん一枚岩ではないということだ。

 

内部被ばくのリスクに対する日本人の認識はどうか?

バンダジェフスキーは知っているか?

-内部被ばくに対する認識は、ICRP(国際放射線防護委員会) のリスク評価が

  全体の基調になっている。

  低線量内部被ばくの問題を指摘する学者や医者は存在するが、採用されていない。

  バンダジェフスキーの研究成果も、ECRR(欧州放射線リスク委員会) のレポート 【注】

  も、昨年11月あたりから翻訳されて出てきたばかりである。

  しかしまだ、" ヨーロッパのみどり派の学者が言っていること "  という感じだ。

  この学問的にグレーな様子が消費者の不安心理に影響を与えていることは、あるだろう。

 

最後に、ジェイラップが作成した測定MAPや、

河田昌東さん(チェルノブイリ救援・中部) たちが作成した

南相馬の詳細な汚染MAPを見せて、

民間レベルでも頑張ってきたことがたくさんあることを伝えた。

 

お役に立てたかどうかは定かではないが、事務所を案内し、

習志野物流センターの測定体制を見てもらい、お帰りいただいた。

これがフランスでどう扱われるのかは、分からない。

ムッシュ・エビはフランス人の目に耐えられるのだろうか・・・

なんて心配しても仕方ないか。

そういえば20年以上も前、雑誌の取材を受けて、

「パリのいたずらっ子のような~」 と書かれたことがあった。

もしかして、意外と合ってるんじゃないか?

いつか、生きている間に、セーヌ河畔に立ってみたいものだ。

 

【注】

1.ユーリ・Ⅰ・バンダジェフスキー

   『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響

   -チェルノブイリ原発事故被曝の病理データ- 』 (久保田譲訳、合同出版)

  著者は元ベラルーシのゴメリ医科大学初代学長。 チェルノブイリ原発事故後、

  10年にわたって亡くなった患者の病理解剖を続け、また汚染地域住民の大がかりな

  健康調査を実施し、セシウム137の人体への影響の解明に取り組んだ。

  放射性セシウムの影響は特定ガンの発生だけではなく、

  多様な病気に関連していることを示した。

2.ECRR(欧州放射線リスク委員会)

   『放射線被ばくによる健康影響とリスク評価

   -欧州放射線リスク委員会2010年勧告- 』 (山内知也監訳、明石書店)

  ICRPのリスク評価は政治的で意図的な操作がされていると批判するとともに、

  様々なデータをもって、内部被ばくのリスクを厳しく、かつ総合的に評価し直している。

  バンダジェフスキーもECRRのメンバーである。

 



2012年2月20日

あっという間の10日間

 

やれやれ・・・まったくブログに手が回らない状態でした。

もう立春、とか言ってたと思ったら、

すでに季節は 「雨水」(うすい。雪が解けだし草木が芽吹き始める頃) へと移ろっている。

実際はまだまだ寒いのだけど、どうも昔の人はきざしのようなもので季節を感じ取り、

気持ちを前に向かわせたのかもしれない、なんて思ったりして。

春が近づいている・・・・・

僕はどんな思いで今年の春を迎えることになるのだろうか。

 

報告したいことがいろいろと溜まっているのだけど、

事ここに至っては一つ一つ振り返る余裕もなく、

でもとりあえず(未練がましく)、この間の動きを駆け足で拾ってみると-

 

8日に宮城から帰ってきてエネシフ・ジャパンの勉強会に参加。

実はここで一番感激したことは、秘かなファンである冒険家・関野吉晴さん

お会いできたことだった。

関野さんは現在、多摩美術大学で文化人類学を教えておられ、

この日は教え子と思しき若者を連れて聞きに来てくれた。 嬉しかったな~

 

10日(金)は、有機JAS認証機関であるアファス認証センターによる年次監査を受ける。

農産グループ長の任は解かれても、年に一回の事ゆえ、

引き継ぎもかねて立ち会うことにした (前半戦だけだったけど)。

この一年間の産地への内部監査業務は不充分なところがあって、少々ばつが悪い。

指摘されたことは認めざるを得ない。

でも腹の中は、" 今年はそれどころではなかったんすよ "  が偽らざる本音である。

監査とは自分たちの仕事の検証であることを、後任の方々に知ってもらえばいい。

O山部長、監査をなめていると、いずれ痛い目にあうかもしれないので、

気をつけるように。 

 

11日(土)~12日(日) は、

" これはオレの生きがい "  と言ってはばからない 「大和川交流会」。

大地を守る会オリジナル純米酒 「種蒔人」(たねまきびと) の故郷、

会津・喜多方 「大和川酒造店」 での新酒完成を祝う、

誰が名づけたか  " この世の天国ツアー " 、その第16回めの開催である。

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今年もいい酒ができた (例年より少しソフトな感じか)。

しかも原料米の栽培にあたっては、苗までジェイラップ(稲田稲作研究会) で作り、

その苗を大和川酒造の自社田(大和川ファーム) に移して田植えをするという

産地リレーで乗り越えた。

「種蒔人」 の物語がまたひとつ生まれたことを、皆で喜び合ったのだった。

写真とかは改めてアップさせていただきたい。

 

続いて、ちょっと飛んで17日(金)、

「食品と放射能問題検討共同テーブル」による勉強会を実施。

お招きしたのは、元放射線医学総合研究所の白石久二雄さん。

こちらも詳細、後日。

 

翌18日(土)は、以前予告した朝日新聞のシンポジウム 「放射線と向き合う」

にパネラー参加する。

いつものように早口でとちりながら、忙しなく喋ってしまった。

反省しきりなのだが、何人かの方から好評やお褒めの言葉を頂戴して、

少し安堵しているところ。

これもレポートしたいところだけど、手が回らないかも・・・。

シンポの概要が29日付の朝刊に掲載されるようなので、もしよかったらご一読を。

 

そして今日、

食品における放射性物質に対する大地を守る会の 「自主基準」 を発表した。

(HPでのリリース参照 ⇒ http://www.daichi.or.jp/info/press/2012/02/1518110220.html

 会員の皆様には来週配布いたします。)

内部被ばくについての明確な答えはなく、

放射性物質の動向も見定められない中での検討は、けっこうつらいものだった。

産地側からは厳しい反応も出ることかと思う。

覚悟してコミュニケーションに努めなければならない。

 

・・・・・とまあ、そんな流れで、あっという間の10日間でした。

溜まったレポートは書けるかどうか自信がないですが、

自主基準のほうはスルーさせて逃げるわけにはいかないので、

少しずつでも書き綴りたく思います。

 



2012年2月10日

宮城からエネシフ勉強会へ

 

今週は頭から宮城に出張した。

予定していた用務は7日(火)の宮城県生産者の新年会への参加だったのだが、

前日に仙台まで移動し、厚生労働省による

「食品に関するリスクコミュニケーション  ~食品中の放射性物質対策に関する説明会~」

に参加することにした。

これは昨年末に発表された新基準案に関する説明の場として設定されたもので、

1月16日の東京での開催を皮切りに2月いっぱいまでかけて全国7ヵ所で開催されている。

実は東京での開催に申し込む前に先着200名様が埋まってしまったので、

いったんは諦めたのだが、前日入りすれば仙台で聴けるかと思い申し込んだ次第。

 

ご説明は以下の4項目に分かれて行なわれた。

1.食品中の放射性物質による健康影響について

  内閣府食品安全委員会事務局勧告広報課より。

2.食品中の放射性物質の新たな基準値について

  厚生労働省医薬食品局食品安全部

  基準審査課新開発食品保健対策室バイオ食品専門官より。

3.食品中の放射性物質の検査について

  厚生労働省医薬食品局食品安全部

  監視安全課輸出食品安全対策官より。

4.農業生産現場における対応について

  農林水産省生産局農産部穀物課より。

 

特段の新しい情報はなかったけど、

基準運用の方針や詳細部分での見解がいくつか確かめられた。

新基準値案に対する当方の見解は 「共同テーブル」 で提出した 「提言」 に

集約されるが、やはり根本的な争点は以下に尽きそうだ。

 - まだ未解明な 「食品による内部被ばくの影響」 をどういう視点で捉えるか。

 


説明された基準設定や各種政策は間違いなく前進したと思う。

それは認めるところではあるが、

「充分な安全係数をかけて設定した」 という説明に終始しつつ、

「基準値(案) が緩和されることはないのか」 の質問に対して、

「できるだけ低減させていく方向性である」 (ホント?) と答えたところは、

ある種の使い分け的な印象が拭えなかった。

リスク・コミュニケーションというわりには、

お上からの  " 説明あるいは回答 "  の枠である。

もう少し社会的議論を深めるというセンスがほしいものだ。

民間の力ですでに前に行っている部分だってある。

 

ま、こちらも基準の設定を迫られている立場である。

予防原則の観点と生産者との連帯をどう折り合いつけるか。

どうも 「特命担当」 はいま極度のプレッシャーで、

ストレスもピークを迎えている様子だが (身体のあちこちから反応があって)、

腹をくくるまでもう一歩二歩、生産者との対話を続けなければならない。

 

夜は最安値のビジネスホテルに潜り込み、

7日、新年会会場である松島海岸に向かう。 

景色を眺める余裕もなく (復興途上の風景を電車でちらちら見つつ)、

午前中から会場であるホテルに入って、翌日に発生してしまった講演の準備をする。

 

午後3時頃から生産者が集まり始め、

まずは会議室で藤田社長はじめ、新任部長の挨拶など。

戎谷からは、国の新しい基準値と当社の考え方について説明させていただく。

 

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夜の宴会は割愛。

仙台黒豚会、仙台みどり会、ライスネット仙台、蕪栗米生産組合、同野菜部会の皆さん、

N.O.Aの高橋伸さん、無農薬生産組合の石井稔さん、卵の若竹智司さん、

遠藤蒲鉾店の遠藤栄治・由美さん夫妻、高橋徳治商店の高橋英雄さん、

マミヤプランの間宮恵津子さん、奥松島水産振興会の二宮義政・貴美子さん夫妻、

みんな元気な顔を見せてくれたことを報告しておきたい。

 

「操業が一部でも再開できたのは、

 お付き合いいただいている団体の皆さんの支援があったから」

と語る高橋英雄さん。

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震災による深い傷を胸に秘めて、

「みんな、本当に変わらなきゃいかんです」

の言葉が、こたえた。

 

翌8日は、担当の生産者とともに散っていく職員を横目に、

寂しく東京へと引き返す。

夕方から、衆議院第一議員会館で開かれた

「エネシフ・ジャパン 第16回勉強会」 にパネラーとして参加。

テーマは、『 " 3.11後 "  の 「食のリスク」 とどう向き合うか 』。

詳細は・・・・・

もう一人のパネラーである神里達博さん (東京大学大学院工学系研究科)

の話は紹介したいところだが、息が切れてきた。

当日の様子がすでに Ustream でアップされたようなので、

エネ・シフの HP  でご確認いただければ、有り難いです。

自分は恥ずかしくて見れないけど。。。

 



2012年2月 5日

点から面へ進もう -福島会議(Ⅱ)

 

寒い寒いと言っているうちに、暦は立春に入っていた。

春に向けて、急がなければならない。

2月1日、福島県生産者会議のレポートを続けます。

 

ジェイラップ(稲田稲作研究会、福島県須賀川市) の報告。 

この日、伊藤俊彦代表は農水省に呼ばれて欠席となり、

報告するのは常松義彰さん。

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ジェイラップの取り組みについてはこれまで何度か書いてきたが

(直近では昨年 12月25日 の日記参照)、

改めて 「田んぼ341枚のデータベース」 の価値を実感させられる。

 

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全ほ場にわたって、土と米との相関関係を測定したことによって、 

地形や水系との関係、耕作放棄地との関係なども見えてきて、

地域全体の対策の方向性まで示唆するものになった。

須賀川市、いや福島県にとっても貴重な先駆的データになるはずだ。

水田内での放射性物質の動態も調べ、今年の対策もほぼ固めた。

すでに土の反転耕起の作業に入っている。

 

ジェイラップの取り組みをずっとフォローしてくれたのが、河田昌東(まさはる) さん。

元名古屋大学教授で、現在 「チェルノブイリ救援・中部」理事。

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河田さんは、ジェイラップをサポートしただけでなく、相馬でも詳細なデータを取ってきた。

それらの結果から、地勢をよく見て対策を取る必要があることを説いた。

民間の力で進めてきたデータ蓄積と対策の共有が、大きな力になることを

期待を込めて語ってくれた。

 

佐藤守さん、野中昌法さん、河田昌東さんを助言者として、

参加された生産者グループごとに取り組み報告を行ない、

また疑問点などを提出してもらう。

 

福島わかば会は畑を12区に分け、

薬師(モンモリロナイト系の土壌改良材、有機JAS適合資材)、コフナ、ぼかし肥料、

地枸有機エキス(麦焼酎のもろみ副産物、有機JAS適合資材)、

硫酸カリなどの各種組み合わせによる試験を実施した。

結果は間もなく見えてくる。

 

二本松有機農業研究会、大内信一さん。

                                     (以下、写真撮影=市川泰仙)

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こちらには法政大学のグループがデータ取りで協力している。

 

やまろく米出荷協議会からは、佐藤正夫さん。

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佐藤さんが採用したのはソフトシリカ (これもモンモリロナイト系の粘土鉱物)。

これを水田の水口に置くよう指導したところ、施した田んぼはセシウム濃度が低く出た。

今年はさらに徹底してより安全性を高めていくことを総会で確認し合ったとのことである。

 

いわき市から参加された福島有機倶楽部の阿部拓(ひらく) さん。

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地震、津波、原発事故による放射能汚染・・・未曽有の災禍に見舞われ、

当地を去った仲間もいる。

しかし阿部さんは息子さんとともに 「農業を続ける」 意思を捨てない。

ハウス栽培で、野菜からの放射性物質の検出は殆どなかったのだが、

放射性物質が大地に降ったことには変わらない。

菌の利用や除染作物の活用など、阿部さんの試行錯誤は続いている。

 

質問に応える佐藤さん、野中さん。

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質疑応答は、時間を大幅に超過して終了。

成果や課題をがっちりと共有して全体の対策を強化するには、

一回の会議では足りない感が残った。

情報のネットワークを強化して、" 点から面へ " と進まなければならない。

 

春から取り組んでいる 「福島&北関東の農家がんばろうセット」 には、

今も粘り強い支持が寄せられている。

これまで会員から寄せられた応援メッセージを冊子に綴じて、

生産者たちにお渡しした。

 

「地震が起きた日から3カ月が過ぎました。

 被災地におられる皆さんの心と体の疲れのことを考えると、とても胸が痛みます。

 少ししか手助けすることはできないのですが、" がんばろうセット "  を食べて

 心をつなげていきたいです。 少しずつ皆さんの置かれている状況が良くなりますよう

 願っています。 体調を崩さぬようご自愛ください。」

「この時期、私と夫はわかば会のきゅうりとトマトなしには過ごせません。

 暑い中ですが、よろしくお願いします。」

「いつも美味しい野菜を有り難うございます。

 皆さんがずっと農業を続けていけるよう、応援しながらおいしくいただいています。

 皆さんに支えられて、私たちの食生活は充実したものになってます。」

「新年おめでとうございます。

 今年は穏やかな年になりますよう祈っております。

 がんばろうセットがある限り続けてゆきますので、皆さんもお体大切に。」

・・・・・・・・・・

こんな言葉が続いている。

 

ゆっくりと読みながらページをめくっている生産者の姿は、

それだけで胸に迫ってくるものがあって、

この苦難が喜びに変わるまで負けるわけにはいかない、

何としても最短で走りたい、と思う。

希望の春を迎えるためにも。

 



2012年2月 4日

点から面へ進もう! -福島会議

 

さて、2月1日、福島で生産者との会議を行なってきたので、

その報告を。

 

例年、1月に入ると関東から東北1都7県、8ヵ所で生産者との新年会が開かれる。

農産の仕入部署では  " 死のロード "  と呼ばれる産地行脚である。

昨年までは僕も農産グループ長として、

やんごとない業務以外は体の続く限り回ったものだが、

今年は立場も変わり、また火急の課題山積ということもあって、

1月はパスさせていただいた。

 

しかし福島に限っては、このタイミングでやらなければならないことがあった。

昨年から各産地で取り組んだ放射能対策の成果や課題を共有し、

連携を強化して、より効率的な対策を各産地で目指すことを確認したい。

僕の中で今年のテーマは決まっている。 " 点から面へ "  だ。

しかもこれは、大地を守る会の生産者だけの話では終わらせない。

美しい福島を取り戻すための牽引的な役割も果たそうではないか。

 - そんなわけで、昼間はそのための会議に設定させていただいた。

 

場所は、福島市・穴原温泉。 

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発表者は3名、加えて2名の専門家を助言者として招いた。

 

まずは福島県農業総合センター果樹研究所、佐藤守専門研究員。

本来は果樹の育種 (品種改良) が専門なのだが、

昨年3.11以降、除染問題は 「お前がやれ」 と言われて、猛勉強した。

「人生でこんなに働いたことはない」 と言う。

 

たしかな科学的知見の少ないなかで、現場調査や比較試験を蓄積しながら、

現場で使える除染対策に取り組んできた。

「納得できない情報や指令には従わない」 と言い切る。

これまでの行政からの対策指導に対しても、歯に衣着せず批評する。

昨年の3月12日、研究所の果樹園から 「屋内に戻るよう」 に指示された際も、

「公務員に避難しろというなら、先に住民に知らせるべきだ」 と言い放ったらしい。

それは小気味良いのだが、職場内の立場がとても心配になる。

「はい。 変人扱いです」 と表情も変えず言う。

(こんなこと書いちゃっていいのだろうか・・・いや心配だ。)

 

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土壌中の放射性物質の垂直分布、水平分布、経時的推移など、

果樹園地での様々な調査や試験で見えてきた汚染状況と除染対策は、

まだ仮説や私見の枠とことわりつつも、

ある程度の確信を持って具体的な方法論を示唆された。

生産者を前に 「いつでも連絡してくれていい」 と伝える姿勢も嬉しい。

 

次に、二つの生産現場から報告をいただく。

二本松市 「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」 から、佐藤佐市さん。

 

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東和地区での取り組み-「災害復興プログラム」 は

ホームページでも概要が出ているので、そちらをご覧いただければと思う。

  http://www.touwanosato.net/kyougikai.html

 

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新潟大学や茨城大学などの支援を得て、

4つの水源と山林2400ヵ所の放射能調査を行ない、

農地では100mメッシュでのデジタル・マップを作成した。

じいちゃんやばあちゃんの野菜を子や孫に食べさせたいの一心で

測定を行ない、情報を公開してきた。

その上で、道の駅では、地元産の野菜を優先する、を貫徹してきた。

課題は、田畑の線量別対策、そして 「心の除染」 だと語る。

「土を剥ぐなんて、可哀想でできない」 の言葉が切ない。

 

佐藤さんが紹介された若者、アリマ・タカフミさん。 

東和で農業研修を続けて、いざ独立という段になって3.11に見舞われた。

 

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相当な悩みもあっただろうが、ここで就農すると決意してくれた。

佐市さんたちにとっては、その存在自体が希望だったかもしれない。

 

生産者の報告をフォローする形で専門家に登場いただく。

それが今回の手法である。

お呼びしたのは東和での取り組みをサポートした

新潟大学教授・野中昌法(まさのり) さん。

 

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野中さんは、「除染という言葉はもう使う必要はないんじゃないか」 と言う。

耕しながら対策を打っていくことだと。

農の営みを継続することで放射能に打ち勝つことができる。

キーとなるのは、粘土と腐植。 つまり総合的土づくりだ。

まだ時間がかかることだが、この裏づけをしっかり獲得できれば、

有機農業の確実な前進にもつながると思う。

 

次は須賀川・ジェイラップの番なのだが、

例によって 「続く」 で、すみません。

 



2012年2月 1日

厚労省「新基準値(案)」への提言

 

福島に来ています。

その報告は帰ってからとして、本日、

大地を守る会他4団体で構成する 「食品と放射能問題 検討共同テーブル」 は、

昨年12月に厚生労働省より発表された

「食品中の放射性物質に係る基準値の設定(案)」 に対し、

「提言」 を提出しましたので、その概要につき、要約して報告いたします。

原文(全文) については、大地を守る会の下記HPにてご確認ください。

→ http://www.daichi.or.jp/info/news/2012/0201_3405.html

 

厚生労働省

「食品中の放射性物質に係る基準値の設定()

に対する提言

 

1.原子力発電および低線量被曝に対する共同テーブルの基本的な考え方

1)原子力発電所の速やかな全面廃炉をめざすべきです

2)長期的な低線量被曝が人体に与える影響はほとんど判っていません

 

2.規制値の設定にあたって考慮すべき点

1)内部被曝と外部被曝との総量を考慮すべきです

新基準値案では外部被曝分を計算外としたが、内部被曝・外部被曝の総量が規制値を下回ることが当然であり、外部被曝の実態を考慮した内部被曝の規制が必要。

2)日本人の食文化に合わせた細かい食品群の分類が必要です

飲料水・乳児用食品・牛乳以外の食品を「一般食品」として一括したが、食品には日常的に大量に摂取する物、そうでない物があるため、例えば米のように摂取量の多い食品は厳しい規制値を設定するなど、日本人の食文化に合わせた細かい分類と規制値の設定をおこない、内部被曝を少しでも減らすべきである。

 3)規制値や食品群の分類は継続して見直していく必要があります

今回発表された新基準値案は2012年度版の規制値とし、定期的な見直しをおこなっていくべきである。

4)経過措置は設けるべきではありません

「準備期間が必要な食品には、一定の範囲で経過措置期間を設定する」とされたが、新基準値が施行された後も新基準値に適合しない食品が流通し続けることのほうが混乱を招きかねない。経過措置を設けるとしても必要最低限とし、その際は根拠および具体的な品目群を明確にし、国民に周知する必要がある。同時にきめ細かい検査の実施と、超過した場合の賠償制度が必要。

5)セシウム以外の核種の調査を拡大すべきです

ストロンチウムやプルトニウムなどについては、セシウム数値を元に算出するとされているが、存在率が一定の比率であるとの知見が少ないことなどから、計画的調査と情報公開が必要である。

 

3.規制値を担保するための調査・検査のあり方(検査機器/検査方法/公表基準など)

 1)汚染状況の調査について/放射性物質の動態の把握が必要です

市街地・田畑・山林などの土壌、湖沼・河川などの水系を広範囲に調査し、放射性物質の動態を把握して対策を講じていく必要がある。海洋については、海の潮流を考慮した魚種別の長期的な測定が必要。漁業者自身による放射能測定なども拡大していくべきである。

 2)食品の検査について/検査の標準化を図るべきです

  食品の安全性を可能な限り確保するためには、流通規制値の設定だけでなく、それが正しく流通されていることを担保するための測定体制と情報公開が必要。国や行政のほか、民間でも独自の検査が数多く行なわれているが、検査方法が不統一など非常に判りづらい状況にある。標準化を図ることが必要。

 

4.国民への説明ときめ細かな情報提供

 1)検査結果の公開について/検査結果公開の標準化を図るべきです

  検査結果の公開・表示についても標準化する必要がある。今回の新基準値案では、年齢区分を別に設けたのは乳児のみとなっているが、小児期間について十分な配慮がされているとはいえない。親が子供に与える食品を選択できるよう、検査結果のきめ細かい情報提供が不可欠であり、公開・表示についても標準化が必要。標準化にあたっては、検出数値を公開することが望ましい。検出限界値の明示も必要。

 2)暮らしに関する情報提供/放射能から身を守る生活指針を積極的に発信すべきです

放射能・放射線は、調理・食事の仕方や食生活などで影響を減らすことができるとされている。被曝から身を守るための生活指針や情報提供が、多様な専門家の知見を取り入れる形でなされることが望ましい。

 

5.今後の放射能対策の前進のために

 1)外部被曝の低減

 ・緊急の課題は外部被曝を低減させること。除染作業については国の責任において中間貯蔵施設を確保し、高濃度地域を中心に、速やかに作業をすすめなければならない。

2)第一次産業の再生に向けた政策

  食の安全のためには厳しい規制値の設定が必要だが、農業や漁業などを再生させていく政策もセットでなければならない。基準を越えてしまった地域に対する保護策・支援策が必要である。

 3)長期的な医療・検査体制について

  子どもを中心に長期的な検査体制を構築するとともに、必要に応じた対策を講じていくこと。低線量被曝に対する研究の一層の深化、予防対策に反映させていくこと。詳密な疫学的調査の継続を強く望む。

 

以上



2012年1月25日

「共同テーブル」 会議にNHK入る。

 

23日(月) は、昼間の予定をすべて変更して、

東京大学医学部のある先生を訪ねた。

「食品と放射能問題 検討共同テーブル」 で進めている

専門家へのヒアリング依頼に対して、

「この時間なら」 というピンポイントでの空き時間が告げられ、

3団体の方々にも声をかけて、本郷まで出向いたのだった。

遠方からの訪問をお断りした O さん。

逆にお気遣いまでしていただき、申し訳ありませんでした。 

 

先生は食品安全委員会での規制値の検討に関係したお立場もあり、

「ヒアリング内容は了解なしには公開しない」 という前提をもってお願いしたもので、

したがって今ここでお名前と内容をお伝えすることは控えたい。

いずれ 「共同テーブル」 として取りまとめるであろう報告には、

何らかの形で反映されることになると思う。

 

そして昨日(24日) は、その 「共同テーブル」 の会議が開かれた。

厚労省の新しい 「基準値(案)」 に対する

共同テーブルとしての 「提言」 をまとめる作業を行なったのだが、

この会議にNHKさんがカメラを持って乗り込んできた。

(当然、了解済みでのことだけど。)

 

カメラが回るなかで、「提言」 文案を読み上げながら意見交換し、

加筆訂正を行ない、段々と仕上げてゆく。

途中からカメラを意識することもなくなって、何とか粗々、あと一歩のところまで詰める。

残った修正箇所を数日中に仕上げ、各団体で確認・合意して、

厚労省に提出することになる。

 

会議後、NHKのカメラを前に各団体のメンバーが立って並び、

インタビューを受ける。

少々緊張しながらいくつかの質問に応えて、

インタビュー後、記者さんから 「バッチリです。 さすがですね」 とか褒めていただき、

気をよくして終了。 したのだったが、、、

昨夜のニュースではインタビューはカットされて流されたようだ。 

(夜8時45分からの首都圏ニュースで取り上げられたが、僕は見ていない。)

ムカつく!

 

本日、「録画見ますか?」 と広報担当が聞いてくる。

うっせぇよ! 見ないよ! (あれぇ、いじけてる? ちっちゃいね~)

 

でもビルのお掃除のおばちゃんが、「テレビ出てましたね~」 と声をかけてくれて、

テレながら、ちょっと気を取り直す。 単純ですなァ、まっこと。

 

4団体の方々、力及ばずで申し訳ありませんでした。

「提言」 発表まで、あと一歩ですね。

よろしくお願いしま~す。

 



2012年1月22日

放射能対策を振り返る -くらしから原発を考える講座

 

「原発事故さえなかったら、、、、、

 この10ヶ月、皆さんも何度となく口にしたのではないでしょうか。」

 

原発事故さえなかったら-

正月の祝杯は復興の二文字で湧き上がったことだろう。

絆を確かめ、決意を語り合い、前進する力強い東北の姿が現出していたはずだ。

この国の株だって上がったに違いない。

原発事故による経済損失は、まったくはかり知れない。。。

 

昨日は、大地を守る会専門委員会 「原発とめよう会」主催による

『第73回 くらしから原発を考える講座』 が開かれた。

テーマは、「原発はいらない! 大地を守る会の放射能汚染への取り組み」。

まずは、 3.11以降の

大地を守る会の取り組み概要の振り返りから始めたい。

 - てことで、お鉢が回ってくる。

 

そこで、はからずも出た第一声が、冒頭のセリフである。

 

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会場は池袋にある 「豊島区生活産業プラザ (エコとしま)」 の会議室。 

参加者およそ50名強といったところか。

 


3.11以降の大混乱から今に至る様々な取り組みを、

かけた思いとともに報告させていただく。

 

その1: 実態をできるだけ正確に把握すること (測定体制の構築と強化)。

その2: 生産者との作付についての話し合い。

     予定数量の販売は困難であることを告げて回る。、

     " 風評被害 "  と言われながら生産と消費が分断されていくことをどう防ぐか、

     この模索は今も続いている。

その3: 測定結果の情報公開。 これにも覚悟が必要だったこと。

その4: 生産地の除染対策支援。 国もできないような成果を達成したこと。

     (しかし、くまなくフォローできたわけではない反省も深くある。)

その5: 基準 (流通上の規制値) の検討。

     他団体とともに基準のあり方を検討する 「共同テーブル」 を結成したこと。

     流通者としての規範を示したいと思っていること。

 

それぞれにけっこう苦悩があった。 20分じゃ語りきれない。

すべてが未経験領域で、思い返せば後悔や反省はたくさんあるが、

大きな針路としては間違わずには来れたと思う。

上の1から5は、順番のようでありながら、

どれもがつながっていて、今も課題を抱えながら回っている。

 

続いて、CSR推進本部事務局長の吉田和生が、

東北での震災復興支援の経過を、現地の写真を交えながら報告する。

漁が再建されても、放射能の問題が横たわっている。。。

腹立つね、ほんま腹立つわ。

 

そして、今回のゲスト。

福島県須賀川市・ジェイラップ (稲田稲作研究会) の伊藤俊彦さんから、

「大地を守る会の備蓄米」 産地として取り組んだ対策と成果を語っていただく。

 

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年末に 伊藤さんの手紙 を紹介させてもらったけれど、

本当によくやったと思う。

稲田稲作研究会の田んぼ一枚一枚の状態を確かめ、手を打ち、

結果を徹底的に検証する。 

土壌-稲体-モミ-玄米-白米-ごはん(炊飯した状態) の移行までトレースする。

そんな計画も、玄米で出なかったらトレースしようがないじゃない、

という笑い話も出るほどの結果となって、

来年はさらに 「すべてをゼロ(検出限界値以下) にできる」 という確信が、

メンバー全員に生まれた。

 

須賀川の田園地帯に転々と数値が書き込まれたMAPを見れば、

これは地域全体を生き返らせる力にもなることが実感できる。

次のプランが見えてくる。

 

県も国も唸った、2011年でしか取れなかった記録。

何とか残すことができたね。

7月に思い切って測定器を送ったことも、誇りに思えてくる。

復活の貴重な財産目録として、胸を張りたい。

はからずも会場から、「民間でできるじゃない、で終わらせられないか心配だ」

といった声まで上がった。

ま、こっちも批判したりけなしたりで終わらせられないし、

国はどうか分からないけど、県は必死だから、

県全体の取り組みに向けての提言を発していきたいと思う。

イノベーションはすでに始まっているのだ!

 

質疑応答風景。

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(左から、吉田和生、伊藤俊彦、戎谷徹也/撮影:青木文雄)

 

まだまだやれてないことも多く、不備も課題もたくさん残っている。

指摘を受け止めながら、改善々々、そして創造へ。

 

最後にしつこくマイクを奪って、ひと言。

「肝心なことは、すべての原因の大元を絶つことです。」

 

春にはすべての原発がいったん止まる。

やれる、できる、ことを見せなければなりません。

3.11の前に止めてやれなかった悔しさを一つにして、

頑張りましょう!

 



2012年1月20日

放射能と栄養

 

厚生労働省が発表した 「食品中の放射性物質に係る基準値の設定(案)」

に対する 「共同テーブル」 としての見解をまとめる作業を進めているところで、

一冊の小冊子が届いた。

 

『チェルノブイリ:放射能と栄養』

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これは放射線医学総合研究所の元内部被ばく評価室長、白石久二雄さんが

翻訳して自費出版された、いわゆる私家版である。

 

白石さんは食品学の専門家であり、

かつ放医研で内部被ばくの問題を長く研究してこられたという、

日本では稀有な 「食品による内部被ばく」 の専門研究者である。

チェルノブイリ原発事故後、ウクライナにも足を運び、

「ウクライナ医科学アカデミー放射線医学研究センター」 と共同研究を続けてきた。

 

昨年3月をもって退官され郷里・四国に戻られたのだが、

福島原発事故のせいで今やあちこちから引っ張りだこの状態らしい。

現役時代には縮小されつつあった研究が、退官直後から引く手あまた、

とは実に皮肉な話である。

 

上記の小冊子は、

国際赤十字社と赤新月社連盟の支援により1994年に発行され、

ウクライナの汚染地域に住む人々に無料で配布されたものである。

放射線とは何か、から始まり、生物と人への放射線作用、

汚染地域の住民の栄養状況などの解説、そして

食品の基本的成分と栄養素としての役割、濃度を減らす加工法や調理法などが、

専門知識のない住民にも分かるように苦心して書かれている。

 


放射性物質の摂取を少しでも減らすための前処理や調理法については、

すでにいろんな解説本も出ているし、白石さんも別な著書で書かれていることだが、

あえてこの小冊子の送付を白石さんに申し込んだのは、

事故から6年後 に、専門家たちが専門用語をほどきながら、

食事法や栄養についての解説を住民に無料配布したという、

その空気に触れてみたいと思ったからだった。

 

ここで書かれている結論の一つは、

缶詰や輸入食品に偏ることなく、栄養バランスのとれた食事を

規則正しく摂ることの大切さである。

そこで汚染の影響をできるだけ避けるための処理や調理法も具体的に書かれる。

たとえばこんなふうに。

 

「 住民の一部は牛乳や乳製品、野菜、果物、いちごの摂取を自ら制限し、

 遠方より導入された缶詰食品、一級や最高級の精製小麦粉から焼き上げた白パン、

 (中略) 等々を摂取しています。 すべてこれらは事故以前にはあり得なかった

 悪い食生活を促進しているのですが、健康な食生活を行なっていると

 思い違いをしているのです。」

「 粗挽き粉から作ったパンの中に含まれている穀類のふすまはビタミンB群、

 マグネシウム、カリウム、繊維に富んでおり、

 我々にとても良い満腹感を与えることができると共に、すでに述べましたが、

 胆汁分泌と正常な糞便の形成と排泄を助けます。

 その過程において若干ですが、消化器官において、

 放射性物質の吸収を抑えることになるのです。」

 

「 環境が放射能汚染された状況下において栄養素のビタミンが不足すると、

 電離放射線に対する生体の安定性が低下することになります。

 ビタミンは放射を受けて急激に生じたフリーラジカルを不活性化したり、

 油脂の過酸化物の生成反応を止める作用があります。」

「 ビタミンD不足はカリウムや燐酸塩不足を生体内に起こし、

 これが放射性ストロンチウムの生体内への吸収、沈着効果を促すようになります。」

 

要は、体がカリウム不足になればセシウムをつかみにゆき、

カルシウム不足になればストロンチウムの吸収を促進してしまう。

植物や土壌対策と同じである。

必須の微量元素をしっかり摂るためには、いろんな食べものをバランスよく食べること。

放射線被ばくによって怖いのはガンだけでなく、

むしろ免疫力低下による様々な病気である。

健全な食事で打ち勝とう、と励ましているのだ。

 

もう食品の放射性物質の濃度はかなり減ってきているのだから、

今さら読む必要はない?

そうだろうか。

正しい食こそが健康を守る。 

それを支える環境がいかに大事なものか、学びすぎて損をすることは決してない。

これは日常の指南書でもある。

自力で翻訳して出版された白石さんの意思にも敬意を表したい。

 

白石久二雄さんは、

「食品と放射能問題 検討共同テーブル」 の、次のヒアリング候補である。

目下、交渉中。

 



2012年1月19日

シンポジウムのご案内

 

ご案内。

2月18日(土)、朝日新聞主催によるシンポジウム

「放射能と向き合う (食品と安全)」 が開催され、パネラーとして参加します。

会場は、東京・浜離宮朝日ホール。

参加費は無料で、申し込みはホームページから。 先着360名まで、とのことです。 

 ⇒ http://www.asahi.com/shimbun/sympo/

 



2012年1月 9日

脱原発世界会議2012

 

たまにはお気楽なのでも、と思って

正月気分の、能天気な日記をアップしてしまいました。

しかも正確に直しておきたいところがあります。

「当社謹製-人参粉末を使った紅白餅」 をお送りしたのは、

岩手県大槌町と宮城県石巻市北上町、同市雄勝町の三ヵ所でした。

合計約1100パック。 喜んでもらえたなら嬉しいです。

 

気を引き締め直して、ご案内を一つ。

今週末、14~15日の二日間にわたって脱原発の大きなイベントがあります。

「脱原発世界会議2012 YOKOHAMA」

福島の現実を見つめ、原子力からの脱却を世界に発信する国際市民会議。

ドイツ、フランス、デンマーク、米国、ロシア、ヨルダン、マーシャル諸島、オーストラリアなど、

20カ国100名以上の専門家や実践家が来日します。

 

開会イベントでは、飯田哲也さん(環境エネルギー政策研究所)、

佐藤栄佐久さん(前福島県知事)、レベッカ・ハルムス欧州議員(ドイツ) の講演のほか、

日本が原発を輸出しようとしているヨルダンの国会議員も発言します。

 

100におよぶセッションでは、国内外から集まったゲストたちが、

原発や自然エネルギーに関する主要な論点を取り上げ、行動を提言します。

また「首長会議」と題する特別セッションが開催され、

地方自治体の市長らが原発に頼らない地域づくりを論じます。

会議の模様はインターネットで国内外に中継されます。

 

参加するアーティストも多彩。映画上映あり、ポスター展あり、

各地・各団体・海外からの 「もちこみ企画」 あり、子供向けプログラムあり(託児所もあり)、

子どもから専門家まで、誰でも参加できる世界会議です。

世界の経験と知恵を集め、新しいアクションを生み出す、

熱気溢れる会議となることでしょう。

 

場所はパシフィコ横浜。

前売りチケットは、http://npfree.jp/ticket.html 。 僕はローソンで買いました。

 

大地を守る会も協賛しているものですが、運営はかなり厳しい様子で、

来れない方でもカンパでチケット購入いただけると嬉しい!

と事務局からの伝言です。

 

僕はたぶん万博見物みたいにウロウロしていると思います。

遭遇したらぜひ声をかけてください。

では。

 



2012年1月 6日

菅谷昭・松本市長を訪ねる

 

年を越してしまったけど、

長野県松本市の菅谷昭(すげのや・あきら) 市長を訪ねた報告をしておきたい。

 

昨年12月22日(木)、

我々 「食品と放射能問題検討共同テーブル」 一行 4名

(カタログハウス、生活クラブ生協、パルシステム生協、大地を守る会) は、

朝7時新宿発の 「特急スーパーあずさ1号」 に乗りこみ、松本に向かった。

5分ほど遅れて9時45分、松本駅到着。

面会は10時の約束なので、タクシーに乗り合わせ松本市役所に走る。

市役所で、福島・須賀川から車で突っ走ってきた伊藤俊彦さんと合流。

 

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市長のスケジュールで見つけたのか、

地元のケーブルテレビが待ち構えていた。

 

菅谷昭さん。

甲状腺疾患の治療を専門とする医師で、

1996年から5年半にわたってベラルーシ共和国に住み、

小児甲状腺ガンの医療活動を続けられた方である。

帰国後、長野県衛生部長を経て、2004年に松本市長に就任。

昨年は内閣府の食品安全委員会に招致された専門委員の一人として

内部被曝の重大さを指摘された。

福島県からの避難者の受け入れも積極的に行なっている。

 

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今回のヒアリングでは、内部被曝のとらえ方や今後の影響予測、

有効な食品対策への考え方などについて話をうかがった。

 


菅谷さんはまず、我々にことわりの言葉を述べた。

「自分は放射線の研究者でもなければ、食品の専門家でもない。

 一人の医師であり、今は自治体の首長でもある。

 理想を言うのは簡単だが、厳しい現実のなかで生産者も市民も守らなければならない

 立場にあることを、どうかご理解いただきたい。」

 

了解です。 そういう方の話を聞きたくて来たのです。

 

菅谷さんは、福島第1原発事故による影響を軽く見てはいけないと警告する。

チェルノブイリ原発事故と比較しても、線量の高い地域はある。

そういうところに子どもや妊婦が住んでいる。

除染といってもそう簡単なことではない。

いたずらに安心させようとせず、危険なところには 「住んではいけない」 ということも

政府は明確に言う必要があるのではないか、と。

 

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<以下、菅谷さんの談> 

長期にわたる低線量の内部被曝によって何が起こるか、ということは

実はまだよく分かっていないんです。

だからといって想定する被害を軽く考えてはいけない。

体内に入った放射性物質は代謝によって排出されてゆくが、

一方で、軽度でも被曝し続ければ蓄積されていくことになります。

その影響が科学的に解明されてない以上、我々はチェルノブイリから学ぶしかない。

チェルノブイリは私たちの25年先を進んでいるのです。

  

子どもの甲状腺ガンはチェルノブイリの事故後から徐々に増え始め、

5年後から突然増加し、10年後にピークに達しています。

被害を防ぐには症状から分析するしかなく、

だからこそ長期的な観察体制が必要であり、

放射線量の高い地域であれば一定期間線量の低い地域への移動も考えるべきでしょう。

 

長期の低線量被曝の影響はガンだけではありません。

ベラルーシの医師からの報告では、免疫機能の低下による症状が増加しています。

風邪を引きやすい、しかも長引いたりぶり返したりする。

造血力の低下で貧血を起こしやすくなったり、

異常に疲れやすくなったり (長崎で発生したぶらぶら病のような症状か・・・)、

消化器系の疾患や先天性障害も増えてます。

 

ただ2~3倍増えただけでは、因果関係を証明したことにならない。

25年経っても結論が出ない、チェルノブイリは今も 「進行形」 なんです。

 

子どもを放射能の被害から守るために提唱していることは、

「規則正しい生活」 と、

ビタミン、ミネラル(鉄分など) をちゃんと摂る 「栄養バランスのとれた食事」 です。

食物繊維とペクチンは排出を促進する上で有効です。  

 (寒天とリンゴがよい。 でもペクチンは過剰に摂ると他の栄養素も排出してしまう。)

私は皆さんに、「ガンより、それ以外の病気を心配してください」 と言ってます。

 

このような悲しい事故が発生した以上、

放射能対策は理想論だけではいかなくなってしまいました。

現実的な対策として、ある期間までは15歳で区切って、

15歳未満の子どもについてはリスクのある食品の摂取をできるだけ避ける。

子どもを出産する可能性がある女性も同様。

しかし、大人には 「基準値未満なら食べてください」 とお願いしています。

現実には食べるしかありませんから。

<談、以上>

 

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松本市では、 学校給食で使用する食材の放射能検査を独自に実施している。

サーベイメーターなので限界はあるようだが、それでも数値を公開することで

市民の安心感にはつながっているようだ。

以前より地産地消を基本としてきたことで、卸し業者も理解して気を使ってくれるらしい。

やはり普段の関係性は大切である。

 

最後に、暫定規制値の見直し案に対する見解を尋ねた。 

やはり 「食品は専門ではないので・・・」 とことわりつつ、

これが現実的にしょうがないレベルか、という印象を持っているようであった。

4分類については何とも言えないが、

乳幼児の数値を設定できたことは良かった、と評価されていた。

 

子どもたちの治療にあたってきたお医者さんということもあって、

物腰の柔らかい誠実な姿勢が伝わってくる方だった。

今の時代に、市民の健康に気を配り、予防原則も忘れない首長の存在は、

市民にとってはとても安心感を抱かせることであるだろうと思った。

 

我々の専門家行脚は、まだ続く。

 



2011年12月25日

復興から生まれるイノベーション

 

12月19日(月)、栃木・那須塩原から福島・須賀川に北上して、

ジェイラップでの勉強会に参加する。

 

ジェイラップで取り組んだ放射能対策と測定結果から、たくさんのことが  " 見えてきた " 。

その成果を共有し、次の課題を確かめ合う。

稲田稲作研究会のメンバーだけでなく、

近隣農家や関係者にも呼びかけて開かれた。 

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まずは、ジェイラップの対策をずっとフォローしてくれた

「チェルノブイリ救援中部」 理事の河田昌東さんからのお話。 

 

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河田さんはウクライナでの除染対策の経験や、

福島県内各地での調査・実験を踏まえ、汚染土壌対策のポイントを解説する。

 

  まず、広大な田畑での表土剥離は現実的には困難であろうが、

  果樹園では下草を剥ぐだけでも違う。 剥いだ後にはクローバーの種を播く。

  それだけでも空間線量は5分の1から6分の1に減少する。

  反転耕は、農作物にセシウムを移行(吸収) させないためには有効。

  他に微細土壌粒子の除去、バイオレメディエーションという方法がある。

  施肥関係での汚染抑制対策では、

  ・カリウム肥料をやる。

  ・カルシウムはストロンチウム90対策になる。 土壌PHを上げる効果もある。

  ・腐葉土はセシウムを吸収する有機物を豊富にさせる。

  ・窒素肥料は吸収を促進してしまうので要注意。

   (逆に除去作物を植えた時には有効ということでもある)

 

  セシウム137の作物への蓄積では、

  ナス科(ナス・トマトなど)、ウリ科(キュウリなど)、ネギ類には蓄積が少ない。

  アブラナ科は高くなる。

  栄養素としてのカリウムが高い(カリウム吸収力が強い) 作物は高くなるが、

  土質にも左右されるので、正しく知るためにも、たくさんの土壌データの収集が必要である。

 

  この間出てしまった福島県内での高濃度汚染米は、

  もっと精密な予備調査をやっていれば防げたことだ。

  事実を知ることを怖れると、結果的にもっと悪い事態を生んでしまう。

  分かってきていることは、地形と土質。

  山の水が直接入る田んぼ、砂質土壌、土のカリウム濃度が低い田んぼ、

  水のアンモニウム濃度が高い所、など。

  山の水を取り入れている田んぼなら水口にゼオライトを施すなど、

  水田の環境を考えて対策を打つことが肝要である。

 

  ウクライナのバイオレメディエーション実験では、

  ナタネで放射能を吸収させ、子実から油を搾ってバイオディーゼルとして使う。

  残ったバイオマスは地下タンクを作ってメタン発酵させ、バイオガスとして活用する。

  最後の廃液 (ここに放射性物質は凝縮されてくる) は吸着剤を使ってろ過して

  液肥として再利用し、最後の吸着剤は低レベル廃棄物として処分場で保管する。

 

  残念ながら、ナタネでの吸収能は高くはなく、短期的な浄化は期待できない。

  しかし裏作で栽培した作物 (麦類や蕎麦など) の汚染を防ぐ効果がある。

  ナタネは連作できない作物だが、逆に、

  ナタネ - 通常作物(小麦など) - トマトなど汚染しにくい作物 - ナタネ、

  といった連作を組めば、除染 (食物への汚染防止) +エネルギー生産の体系が形成できる。

 

昨日の稲葉さんの話といい、今私たちが取り組もうとしていることは

単純な 「汚染対策」 ではなく、「復興」 プロジェクトなのだと思うのである。

これも復興から生まれるひとつのイノベーションだ。

 

続いて、ジェイラップ代表・伊藤俊彦さんからの報告。 

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341ほ場、約100ヘクタールの田んぼでの対策の実践とデータ取り。

一地域でこれだけのことをやった事例はない。

結果は、見事なものだ。

カリウムの効果が確かめられただけでなく、

伊藤さんはスウェーデンのデータまで引っ張ってきて、

森林への K(カリウム) 施肥の有効性まで説きだした。

「 森林へのK施肥は、植物および菌類への放射性 Cs 蓄積を低減するために

 適切かつ有効な長期的措置であることを示唆している。」

 

また、耕起、代掻き、田植えと通常作業を行なった水田土壌の

深度別の放射性物質の分布を調べ、いくつかの考察が示された。

それは来年の代掻き時での実験に応用される。

 

綿密な汚染データ・マップからも、次年度の対策が検証されている。

これはジェイラップ・稲作研究会だけのものでなく、

地域全体にとっての貴重な道しるべだ。

取り組んだ対策を、すべてデータとして残していくことで、さらに仮説が検証され、

しっかりとした放射能対策技術が築かれてゆく。

農水省の方へ。

税金食いながら、「注目してます」 とか言ってる場合じゃないだろ。

支援の方法を考えてもらいたい。

国と地方自治体と民間の連携を、もっと強化できないものか、と思うのだ。

 

各種のゼオライト資材を前に意見交換する河田さんと伊藤さん。

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脇でカメラを回しているのは、NHKさん。

収穫祭のときとまた違ったチームがやってきている。

 

測定室も見学する取材班。 

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集められた玄米サンプル。 

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現在、測定器は2台になった。 

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右の「 do 」シールが大地を守る会から、

そして左がカタログハウスさんからの提供 (貸し出し) 。

仲良く並んで、測定をバックアップしている。

データ取りは、まだまだ続くのである。

 

 

なお、大地を守る会のホームページでも、

この間の取り組みや伊藤さんからのメッセージがアップされていますので、

ぜひご参照ください。

 http://www.daichi.or.jp/info/news/2011/1107_3251.html 

 

機関誌 「NEWS だいちをまもる」 12月号もよかったら。

 http://www.daichi.or.jp/blog/report/pdf/1112.pdf

 

また、ウクライナでの取り組みについて詳しく知りたい方は、

『チェルノブイリの菜の花畑から ~放射能汚染下の地域振興~』

(河田昌東・藤井絢子編著、創森社刊、本体価格1,600円)

がおススメです。

福島原発事故を受けての解説もあり、

巻末に挿入された 「チェルノブイリから福島へのメッセージ」 からは、

国際連帯の大切さが伝わってきます。

 



2011年12月23日

厚生労働省・新基準案と、私たちの質問書

 

栃木・那須塩原から福島・須賀川に足を延ばして、

19日はジェイラップでの勉強会に参加。

そして昨日は長野県松本市の菅谷(すげのや)昭市長を訪ねてきた。

それらのレポートを続けるつもりだったのだけど、

その前に、お国の動きがあったので、その報告を急ぎ。

 

昨日、厚生労働省 「薬事・食品衛生審議会 食品衛生分科会 放射性物質対策部会」

が開かれ、暫定基準に替わる新基準案が示され、了承された。

すでに報道されていた内容と同じだが、簡単に概略すれば、

食品による放射性セシウムの許容被ばく線量を、

暫定基準の 5 ミリシーベルトから 1 ミリシーベルトに引き下げ、

それを各食品群に振り分けた格好だ。

「一般食品」 については、年代や男女別で平均的な摂取量を導き出して、

その中で一番厳しい数値である 120 ベクレル

 (13~18歳の男...... 一番食べる量が多い年代ということらしい)

をもとに、さらに安全を見込んで 100 とした、ということである。

また干しシイタケやお茶などは、摂食する状態で 「一般食品」 基準を適用する。

新基準の実施は来年4月から。

 


一方、4団体で結成した 「食品と放射能問題共同テーブル」 では、

この日の審議会が設定される前、12月12日付で、

以下の質問書を厚生労働省に提出している。

(「公開質問状」 的な格好にならないよう、公表は控えていた。)

 

【質問事項】

1.新たな規制値での食品区分が 4 分類と報道されていますが、

  米など摂取量が多い食品や、水産物など汚染の拡がりに懸念があるものについては、

  区分を分ける必要があると考えますが、どのような検討がなされたのでしょうか?

2.規制値を設定する場合は、その規制値が守られていることを担保できるだけの

  検査体制の確立が必要と考えますが、いかがお考えでしょうか?

3.規制値を超過した場合、生産者等に対して補償する体制が必要になると考えますが、

  その賠償主体、およびどのような手続きと、

  どの程度の予算措置を想定しておられますか?

4.民間の検査能力を超えるストロンチウムやプルトニウム等の核種については、

  国が継続的にモニタリングする態勢を強化し、公表していく必要がある

  と考えますが、いかがお考えでしょうか?

  またヨウ素、セシウム以外の核種については、どのような検討がなされたのでしょうか。

5.新規制値は年間1ミリシーベルトを基礎とすると伝えられていますが、

  暫定規制値ではなく、恒久的規制値として設定を検討されているとすれば、

  内部被ばくだけでなく、外部被ばくの割り当ても考慮すべきであり、

  かつ ALARA 原則に従ってできるだけ低い値を設定すべきだと考えますが、

  いかがお考えでしょうか?

6.乾燥食品等については、摂食時の状態に換算すると伝えられていますが、

  同一食品であっても様々な戻し方は摂食方法があるものについて、

  どのような基準設定をお考えなのでしょうか?

 

今回示された新基準案は一歩前進とは言えるものの、

私たちが提出した疑問はまだ疑問のままである。

引き続き回答を求めてゆくとともに、

私たち 「共同テーブル」 においても、上記の質問事項は

基準を考える際に必要な視点だと認識しているところのもので、

専門家への聞き取りも含めて検討を進めているところである。

昨日、菅谷昭・松本市長を訪ねたのも、その一環だった。

菅谷さんは、1996年から5年半、ベラルーシ共和国で暮らし、

小児甲状腺ガンの医療活動を行なってきた医師である。

 

質問事項から、私たちが留意しようと思っていることを

読み取っていただけると嬉しい。

この基準は単純な数字の発表だけではすまない、

というのが 「共同テーブル」 の共通認識になってきている。

それだけに悩みも深まっているのだけど。

 

取り急ぎ報告まで。

 



2011年12月20日

大豆・ひまわり・菜の花プロジェクト

 

さて、改めて

栃木県上三川町・「民間稲作研究所」 の稲葉光圀さんが取り組んできた

「大豆・ひまわり・菜の花プロジェクト」 の報告を。

 

稲葉さんが完成させた有機栽培による米・麦・大豆の輪作体系については

過去にも紹介しているので、こちらをご参照願いたい。

 2009年1月29日  2010年6月10日

大地を守る会では、麦の利用先をつなげることで、ささやかながらこの循環に協力してきた。

現在、稲葉さんたちの有機小麦は

香川県小豆島の 「ヤマヒサ」 さんという醤油屋さんが使ってくれている。

 

しかし放射能は、有機だからと配慮してくれるわけではなく、

あの時紹介した、稲葉さん自慢の貴重な有機による米の種モミ生産ほ場にも

約1,000ベクレルのセシウムが降ってしまった。

 

しかしそれを乗り越える根性を持っているのが有機農業者たちでもある。

稲葉さんは、除染作物としてナタネとヒマワリを選択し、それを輪作の中に組み込んだのだ。

 


稲葉さんが南相馬市で実施したヒマワリでの除染効果試験では、

ヒマワリ一本で約500ベクレルのセシウムを回収した。

周りの土壌濃度が4,090ベクレルで、これと比較すれば0.123の移行率となる。

ヒマワリ栽培跡地の濃度は2,590ベクレル。

 

もともとのカリウム吸収力からみて、ヒマワリに高い除染効果はないと判断していたものの、

この結果は稲葉さんをかなり勇気づけたようだ。

ところが、稲葉さんが発表した直後に、農水省は飯館村での実験結果により

「ヒマワリには除染効果なし」 と発表した。

農水省他7つの独立行政法人と11大学、6県の農業試験場、1財団法人、3民間企業が

協力して実施した試験での移行率は、0.0067と出た。

 

この違いはヒマワリの採取日にある - と稲葉さんは主張する。

稲葉さんの試験では8月29日の成熟期に刈り取ったのに対して、

農水の試験では8月5日、つまり開花期の言わば 「青刈り」 である。

「これじゃあ、やっても意味がない。 市民レベルの研究を抑える腹なんじゃないか」

と稲葉さんは憤っている。

 

もともとのねらいが、単純な除染目的ではない。

ナタネや大豆も組み合わせて、長い年月をかけて除染を続けながら、

かつ食用作物への吸収を抑える。

ヒマワリやナタネはちゃんと実を熟させて、油を絞って収入源をひとつ確保する。

大豆油も菜種油も圧搾法で絞ることでトランス脂肪酸を含まない油が手に入る。

油にはセシウムは移行しないことが分かっている。

油脂類の自給率向上にも寄与できる。

搾油後の残渣はメタン発酵させ、消化液からセシウムを回収し、残りは有機液肥にする。

メタン・ガスは各種の燃料として利用する。

食用に用いた植物油の回収ができれば、廃油を精製してディーゼル発電機や

トラクター・コンバインの燃料にも活用できる。

 

循環のなかでの食料&エネルギー創造と 「放射能封じ込め」 の体系づくりへの挑戦。

僕らはやっぱ、こういう人たちに救われることになるのだろう。

各作物の活かし方は、たくさんの試験を蓄積させながら議論してゆけばいい。

 

稲葉さんの熱い報告の後は、

パネルディスカッションや質疑応答などが翌日11時まで繰り広げられた。

二日目の、農水省生産局の方からの報告-「有機農業の今日的課題と展望」 については、

申し訳ないが、ほとんど記憶に残らなかった。

 

集会終了後、オプションで企画された民間稲作研究所見学に参加する。

作付けされたナタネの畑。

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完成した搾油所 (写真手前の建物)。

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初めて来たときには更地だったところに、

技術支援センター、パン工房、搾油工場と、来るたびに建物が増え、人が集まり、

稲葉さんの言う 「エネルギー創造型有機農場」 が形作られてゆく。

 

これが中の装置類。

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この日は、有機農業推進フェアと称しての交流イベントが行なわれていて、

有機農産物の直売コーナーや地ビールの販売テントが並び、餅がつかれ、

手打ち蕎麦、トン汁、パン工房で焼いたピザなどが参加者に振る舞われた。

 

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こちらも地域でナタネを栽培し、搾油まで計画している

庄内協同ファームの菅原孝明さん(左) と、熱心な意見交換をする稲葉さん。

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福島県・二本松有機農業研究会の大内信一さんの姿も見られた。

彼らは本当に研鑽を欠かさない。

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「いや~、大地さんの今年のキュウリの注文には助けられた」

と言われたのには、こっちが感激しちゃった。

「 来年の早いうちに福島の生産者で集まって、今年の成果と課題を共有して、

 次につなげていきましょう。」

「そうだね、そうすべ。 頼むよ、大地さん。」

 

解散前に、会議室で最後の確認会。 

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完成した油を手にする稲葉さん。

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稲葉光圀試算。

ひまわり油 - 300 cc ・ 800円。

いかがでしょうか。

 

やあ、お久しぶり。  元気そうで、よかった。 

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ただ・・・君たちは、草食うからなぁ。 何が起きたかも分からずに。 

昨今は素直な動物を見るのが切ない。

腹の中で謝るしかない。 ごめん、本当に。

 



2011年12月19日

地域に広がる有機農業 関東集会

 

12月17日(土)、

野田首相が 「原発事故収束を宣言」 したという記事を読みながら、

栃木・那須塩原に向かう。

本来の 「冷温停止」 ではない 「冷温停止状態」 で 「事故収束」 とは・・・・

炉内の状態も分からず、

今も6千万ベクレル/時の放射性物質が放出されているというのに。

危険な政治的判断というしかない。

「事故収束」・・・ この言葉が意図して選ばれたのなら、

何か重大なものがひとつ、切り捨てられたような気がしてならない。

 

那須塩原で開かれたのは、

『 地域に広がる有機農業 関東集会

 消費者・生産者が共に創る有機農業  - 震災・放射能汚染を乗り越えて 』

という集まり。 一泊二日で催された。

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記念講演に呼ばれたのは、前福島県知事・佐藤栄佐久さん。

「たたかう知事」 と言われ、政府の原発政策にも対立姿勢を見せ続けた方だ。

" 収賄額ゼロの収賄罪 "  という不思議な罪で知事を追われた。

 

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有機農業の推進も強く進め、福島は有機農業の先進県と言われるまでになった。

国に臆することなくモノを言い、たたかってきた思いが、発言の端々に感じられる。

特に佐藤さんが強調したのは、

2006年5月に、ストラスブール欧州地方自治体会議に出席して、

チェルノブイリ20周年を記念して採択された 「スラヴィティチ宣言」 の5原則だった。

政府と地方自治体の役割を示し、

「地域住民の連帯」 と 「透明性と情報」 を謳ったこの原則を、覚えておいてほしいと。

 

3.地域住民の連帯

チェルノブイリの惨事が白日の下にさらしたのは、

核の事故が地方・国・世界の地域の境界にとどまらないという現実である。

原子力の安全は国の政治・行政上の制限によって縛られてはならない。

国の縛りを越えて関係諸地域すべてをイコールパートナーとする

真の地域住民の団結と越境的協力体制が必要である。

 

4.透明性と情報

広範で継続的な情報アクセスが確立されなければならない。

国際機関、各国政府、原子力事業者、発電所長は、偽りのない詳細な情報を

隣接地域とその周辺、国際社会に対して提供する義務を有する。

この義務は平時においても緊急時においても変わることはない。

 

「 『緊急時においても』 ですよ、皆さん。 私はこれを強く国に主張したいです。」

辞任後から3.11、そしてその後の福島の惨状は、

佐藤さんにとって 「悔しい」 などというレベルではないだろう。

でも今や彼方此方から講演に呼ばれるようになってきて、

ここで再度、出番が来たようです。 頑張っていただけたら、と思う。

 

続いての基調講演では、

栃木県上三川町・「民間稲作研究所」 の稲葉光圀さんが取り組んできた

「大豆・ひまわり・菜の花プロジェクト」 の報告。

 

この話は・・・ 少々ややこしいので、すみません、次回に。

栃木から福島・ジェイラップを回って帰ってきたところで、ちょっと頭を冷やしたいし。

 


 



2011年12月14日

ゼロ・ベクレルを目指して -続き-

 

放射能に関しては、食べものの安全性を保証する閾値はない。

これが大地を守る会の、また基準を検討する 「共同テーブル」 の前提である。

であるならば、「(余計な人工放射能は) ゼロを目指そう」。

これを生産者と消費者の、いやすべての人の共通認識にしたい。

不可能だから無理、ではなくて 「目指す」 努力を続けることで道ができる。

「元を絶つしかない」 を共通の土台に据えて。

 

生産者には、「基準値未満なんだから食べてくれ」 ではなく、

ゼロを目指す姿勢を示し、そのプログラムを持つことが大事である。

「食べる人」 を守るべき 「作る側の責任」 を放棄しない、と言おう。

それが 「美しい国土を取り戻す」 のは誰の手によるのか、のメッセージになる。

「この船に乗らずしてどこへ行く」 くらいの台詞を言い放ってみようじゃないか。

 

そして、有機農業から脱原発社会のビジョンづくりへと進みたい。

これが質問を受けたふたつめの視点 - 『有機農業が創出するイノベーション』 だ。

有機農業が貢献する資源循環機能や環境・生物多様性保全機能は、

放射能対策にも有効であることが証明されつつある。

たとえば、土壌の団粒構造、腐植、菌根菌や微生物の力。

有機農業学会では、除草剤散布は菌根菌の発達を阻害することが分かっている、

という研究者にも会った。

僕らが見ているのはけっしてゼオライトだけじゃない。

 

有機農業の 「総合力」 を解き明かしたい。

その力には農業と一次産業が潜在的に持っているエネルギー生産力も含まれる。

 

20年以上も前に 「水田は地球を救う」 と説いた方がいた。

なんと通産省のお役人だった(本田幸雄さんという方で、一度講師に呼んだことがある)。

エネルギー危機と食糧危機は必ずやってくる。

減反などという愚かな政策はやめて、日本人の高度な生産技術と手段(農地) を使って、

食糧備蓄とともに、エネルギー (バイオエタノール) を生産すべきだと。

この主張はしかし、当時はほとんど相手にされなかった。

 

今こそ農業(一次産業) の持っている多様な生産力を花開かせたい。

有機農業が未来を築く! と宣言しようではないか。

そこから新しい仕事も生まれるはずだ。

「若者よ、来たれ!」と発信できる日をたぐり寄せたい。

 


そして消費者には、連なってほしい。

安全な食生産の回復と、安心して暮らせる社会づくりを同時に目指す

「この道のりを食べる」 ことで。

 

あんたは生産者よりだ、とよく言われる。

言われるたびに、そんなこたあない、と反論する。

消費者を、子どもたちの未来を、しっかりと守れる生産者を育てていくこと、

これがどうして生産者よりなんだろうか。

ただそのプロセスにも付き合ってくれないと道が開けない、と訴えているだけなのに。

 

放射能は拡散し循環し始めている。

今も大気や水系への汚染は続いている。

ゼロを達成することは困難なことだと思う。

そもそも放射能汚染はフクシマで始まったわけではない。

チェルノブイリ原発事故が起きた25年前、

セシウムの大気中濃度は通常の4500倍に上昇した。

日本人の平均放射能量は50ベクレルまで上がったと言われている。

さらに遡れば、大気圏核実験が盛んに行なわれていた時代、

日本人成人男子の放射性セシウムの量は730ベクレルにまで達していた

というデータもある(1964年10月)。

 

それでも皆フツーに生きていた、という論で終わらせる人たちがいて、

この数字を出すのは少々ためらうのだけれど

(ガンの増加との因果関係は証明できないし)、

とはいえこの事実とゼロを求めることの困難さは知っておいてもらいたいし、

数字に冷静に向き合う意識は持っておきたいと思う。

その上で、だからこそ、もうこれ以上はゴメンだといいたい。

  " ゼロを目指そう "  とみんなで叫びたい。 

いま元を断たないと、未来はひたすら暗いと思わざるを得ないのだ。

農から進撃したい。

脱原発と (技術とシステムの)イノベーションをセットにして。

 



2011年12月13日

ゼロ・ベクレルを目指して

 

有機農業学会での発言後、頂いた質問や意見は二点に集中した。

そのひとつが、 

" ゼロリスクを求める "  を否定せず、本能と受け止めたい -に対して。

 

放射能は広く飛び散り、ほぼ北半球をあまねく汚染したと思われる。

均質に落ちたわけではなく、まだら模様のようであり、

距離によって相対的に薄まっているものではあるが、しかしそれも流動している。

この国に住んで放射性物質ゼロの食べものを求める姿勢は、

すでに無理というものである。

しかもそういう消費心理と行動が生産地や生産者を切り捨て、

国土の浄化や復興への思いを分断させることにつながっていないだろうか。

大丈夫と思われる程度のものなら、食べよう。 食べてつながろうじゃないか。

- この主張は、支持する。 というより僕自身、強くそう思っている。

 

しかし、だからといって放射能ゼロを求める姿勢を批判しても、

問題の解決にはつながらない、とも思っている。

放射能から逃れたいのは、生産者も消費者も、みんな同じなのだ。

そこから出発したい。

 

ゼロを 「求める」 や 「探す」 行為で終わらず

(これは批判ではなく、 " 終わらず "  という提案です)、

一緒に  " ゼロを目指そう "  の共通認識を持ちたい。

ゼロの目標は、生産者だけの仕事では達成できないのだから。

努力する生産者の、その都度の結果を 「食べる」 ことで支える消費者の存在が欠かせない。

ゼロをよこせ、に対して僕がいま提供できるものは、

「検出限界値以下」 という選択材料としての測定結果(事実) と、

 " ゼロを目指す生産者 "  の意気地だけである。

 

そして作ろうとしている基準値もまた、

ゼロに向かうプロセスと思想を表現したものになるだろう。

 

「ゼロをよこせ」 とは = 「美しい国土を返せ」 だと受け止めていて、

そのために生産者と一緒に頑張っているつもりである。

そして  " ゼロを目指す共働 "  が成り立てば、

元を絶つことの共通認識も成立すると思うのである。

原発止めないと、ゼロリスクは達成できないわけだし。

 

そしてふたつめの視点へと続くのだが-

  ・・・すみません。 今日はここまでで。

 

昨日、「食品と放射能問題共同テーブル」 では、

厚生労働省で進められている放射性物質暫定基準値の見直し作業に対し、

6項目の質問書を提出しました。

回答が届き次第、お知らせします。

この質問は、実は喧嘩を始めたわけではなく、我々自身の悩みでもあります。

 



2011年12月11日

有機農業で希望のシナリオを-

 

北国の冬はホンマに天気の変化が激しい。

夕べから降り出した雪が朝になってさらに激しくなったかと思えば、

お昼前には青空が見え始めた。

灰色の世界に、一気に光が射してくる。

これが夕方にはまた灰色の空に変わっているのだ。

 

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雪に翻弄される暮らしが4~5ヵ月も続いて、

春になれば南国人の感覚だと3か月分相当の花が一斉に咲き乱れ始める。

気候風土はきっとそれぞれの色で人々の精神性を育て、

その土地の文化を形成するのだろう。

この島国の人たちは包容力と忍耐をもって自然に対応し、

何というかマンダラ的な調和をはかる感性があるように思う。

善良かつ気まじめに異文化を受容しながら、作り変えてゆくしたたかさも秘めて。

 

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クラークさんの前をおばちゃんが通り過ぎてる・・・

僕はやっぱりこの国が好きだな。

 

地域や仲間を守る際の自治意識とまとまりの強さは世界が認めるところだ。

この国の統治は、中央集権に見せかけながら

しなやかに地域の知恵や主体性を活用するのがいいんじゃないか。

3.11以降、その思いはますます強くなった気がする。

 

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学園の樹々に鳥たちが平和に巣をつくっている。

その下を忙しなく歩き回る人々。 なぜか微笑んでしまう。

 

校舎に入れば、二日目は個別の研究発表会。

ふたつの教室に分かれて、各種の調査・研究報告が20分間隔で組まれている。

5分刻みで鈴が鳴り、みんな時間をきっちりと守ってプレゼンが展開されてゆく。

院生に発表させるケースも多くあった。 教授が生徒の側に座って聞いていたりする。

学会とはトレーニングの場でもあるんだね。

 


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発表された調査・研究成果の数は27。

「合鴨農法における野生鳥獣害の現状」 とか、

「植物共生微生物相の解析による有機栽培作物の特性評価の試み」、

「不耕起・草生栽培における物質循環・養分動態の解明」

といった具合に、20分刻みで発表が進められる。

 

僕が注目していた発表のひとつが、

「原発事故による放射性汚染農地対策にゼオライトは有効か?」。

発表者は東京農業大学応用生物科学部の女子学生。

師匠は、大地を守る会の生産者会議に何度かお呼びした後藤逸男教授。

僕も研究室に一度お邪魔したことがある。

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さすがに学者なので、結論は軽々に出さないが、

ゼオライトには 「可能性がある」 との明確なメッセージが出されていた。 

火山の多い日本に潤沢に存在する鉱物資源であることも有り難い。

 

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別な教室では、ポスターによる発表が12例、掲示されていた。

 

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やや雑駁というか、まだ手探りだね、という内容のものもあったが、

こういう積み重ねが有機農業の奥行きを深めていってくれるはずだ。

有機農業の研究に予算がつくようになって、

いろんな視点での研究が広がってきている。 

ひとつひとつ、生産現場で実証されてゆく日が来ることを願う。

 

さて、一日目の報告をひとつ追加しておきたい。

全体セッションの 2 は 『北海道における有機農業の多様な展開』

と題して行なわれた。 

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発表者に、石狩市(旧厚田村) の長良幸さん(写真右から二人目)、

当麻町・当麻グリーンライフの瀬川守さん(左から二人目)、

北海道有機農業協同組合代表の小路健男さん(左端)と、

大地を守る会の生産者の方々が顔を並べていた。

それぞれに辿ってきた道のりと現在の課題を語る。

コーディネーター(右端)は、農業活性化研究所・菊地治己さん。

7月に旭川で開催した 米の生産者会議 で講演をお願いした方だ。

 

「今年はどうだったですか?」

「今年も、ダメ、ダメ!」 と長さん。 

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そう言いながらも、しっかり息子も継いだようだし、

有機農業塾も始めて地産地消の拠点づくりに頑張っている。 

 

全体セッション 3 - 『日本国内における有機畜産の可能性と課題』 がまた

大変に面白かったのだが、いずれ機会があれば報告したい。

 

中島紀一さん(茨城大学) が語っていた。

地域経済の循環は、農の営みを継続することによって取り戻すことができる。

耕作の努力によって、その地域で安心して暮らせる体制の再構築も可能となる。

地球的破滅の方向でなく、未来に向かって希望のシナリオを描くこと、

それが有機農業の役割だ。

 

生産者を支え、励まし、希望と勇気を与えてくれる学問であってほしい。

お願いします。

 



2011年12月10日

日本有機農業学会・大会-「有機農業と原発は共存できない」

 

Boys,be ambitious! 

少年よ、大地を、じゃなかった、大志を抱け!

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北海道に来ています。

夕べのうちに札幌に入り、今日は朝から北海道大学に。

子どもの頃、大志を抱かないといけないんだ~、という脅迫観念を抱かせてくれた恩師、

ウィリアム・スミス・クラーク博士にいちおう仁義を切って、

敷居の高い場所に足を踏み入れる。

「すみません。 ワタクシの大志は、今も迷いのなかにあります。」

 

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北海道大学農学部。

ここで 「第12回 日本有機農業学会 大会」 が二日間にわたって開催され、

参加することになった。

 

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なんでエビが 「学会」 なんてお堅い場に?

そうなのよね。 およそそんな世界には無縁だったのだけど、

この大会の全体セッションの一つで発表を求められたのである。

放射能のせいで。

 

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集まったのは、全国の大学や研究機関から、

各分野で有機農業を研究対象とする先生や学生たち、150人くらいだろうか。

道内の生産者の顔もチラホラ見られた。

 


開会の挨拶などがあった後、

全体セッション1。

テーマは 『 東日本大震災・原発災害に有機農業は何を提起できるか 』。

 

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コーディネーターは、谷口吉光さん(秋田県立大学) と古沢広祐さん(國學院大學)。

このお二人とも古い付き合いになった。

古沢さんから4つの論点が示される。

第1に、有機農業の視点から原発をどうとらえるか。

第2に、食品における 「放射能リスク」 にどう対応するべきなのか。

第3に、放射能低減という課題に、どう貢献してゆくか。

第4に、地域と農業の復興をどう進めるか。

 

発表者は4名。

日本大学生物資源科学部・高橋巌さんは、原発事故を国家的犯罪と断罪する。

どうあがいても人間は自然の摂理と 「循環」 から逃れて生きることはできない。

その 「循環」 の中に放射能が入ってしまったわけだが、だからこそ

「有機農業ならではの脱原発」 の方向性を検討しなくてはならない、と強く訴える。

 

新潟大学農学部・野中昌法さんは、1960年代に行なわれた核実験による

「死の灰」 の農業に対する影響を調べた膨大なデータをもとに、

4月の段階で重要な提言を発表した方だ。

 -土壌の汚染は表層約 5cm に留まっている。

 -汚染の程度は地形・気候条件・栽培方法・施肥管理で異なってくる。

 -したがってきめ細かな土壌汚染地図と、程度に応じた対策が必要である。

 -国は責任をもって事故以前の優良な農地に戻し、農産物の安全性を保証しなければならない。

 -風評被害を防ぐための農業再生の工程表を作成して、国民への理解を求めよ。

 -平成24年度の作付に向けた汚染程度に応じた農業復興計画の提示を。

どれも適切な指摘である。

しかし3番目からの提言は、

適切に実行されたとは言い難い (その結果が、今の福島米の混乱である)。

 

実行したのは、営農の継続を決意した生産者たちだった。

二本松市 「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」 と、

彼らの支援にあたった野中先生と茨城大学のグループ。

そして須賀川市・ジェイラップと大地を守る会&カタログハウス。

フォローしてくれたのは四日市大学の河田昌東さん(チェルノブイリ救援・中部理事) だ。

データから明らかになってくる汚染の実態、そして対策。

見えてきた世界は、土の力であり、

植物とともに浄化に向かうのが王道であり近道であろう、ということだった。

「有機農業による耕作が被害の拡大を防ぐ (可能性が見えてきた)」

 

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高橋さんも過激だが、野中さんもなかなか熱い方だ。

福島の有機農家の、こんな言葉を紹介している。

「 一生懸命春の太陽光で生育した春野菜が土壌汚染を防いでくれた。

 したがって鋤き込まないで、一本一本、ありがとうという言葉をかけて、手で取り、

 影響のない場所に穴を掘り、埋めた。」

 

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「本来の農学」 を追究する研究者がいてくれること。

これが今、たたかう陣形に欠かせない、必須の兵站部隊なのだ。

依頼を受けて一介の流通者でしかない僕がわざわざ北海道まで出向いたのは、

この一点の思いに尽きる。

 

続いてエビスダニ氏。 学会で流通者が発言する。

持ち時間は15分。 冬の苦手な男がこのために北海道までやってきた。

原発事故からの対応を辿りながら、僕なりに思いを凝縮させたつもりだった。

早口に、とちりながら、、、5分のオーバーを、谷口さんが許してくれた。

 

話すと長くなるので、提出した 「発言要旨」 をここに記したい。

少しでも行間を読み取っていただけると嬉しい。

①福島第一原発事故後の対応から

 - 風評被害(?) と生産者対応から

 - 測定体制の強化・構築と情報公開の意味

 - 消費者の声と流通団体の対応軌跡

 - 生産者の除染対策支援

②食品における放射性物質の規制値(基準) について

 - 国の暫定基準値はなぜ信頼されなかったのか

 - 基準乱立から、市民の手による共通指針(基準) づくりへ

    ~ 我々は 「暫定基準」 を超えられるか・・・

③ゼロリスク議論から思うこと

 - " ゼロリスクを求める "  を否定せず、本能と受け止めたい。

   ⇒ しかし " 選ぶ・探す " 行動だけでは排除と分断につながる。 誰も救えない。

 - " ゼロリスクを目指す " ための思想と戦略(政策) の再構築こそ求められている。

   > 放射能に向かい合うための 「食の総合力」 を提案したい。

     放射能対策は総合力。 それを提示できるのが  " 有機農業 "  ではないか。

      『 有機農業運動が創出するイノベーション 』 に向かって進む。

     その戦略(政策) に 「脱原発社会の実現」 を明確に組み込む。

④生産者・国土を見捨てない思想の獲得へ

 - 生産者の除染対策支援から見えた世界

   " たたかう生産者 "  の姿勢を見せ続ける!

 - 生産と消費の対立を超える思想を掴みとる、その最大の機会ではないだろうか。

 - 流通が果たす役割とは

  > 「食へのリテラシー」 を育てるのが流通の役割

  > 新しい文化を創り出す、価値創造の競い合いをしたい!

   ⇒ その一歩としての 『共同テーブル』 でありたい。

 

いっぱい補足したいし、その後のセッションも紹介したいのだが、、、

夜の懇親会に、さらに大学前の居酒屋で関係者と一杯やってしまって、

もうここまで。

" (放射能に対して) ゼロ・リスクを求めるのは (利己主義でもあるが) 本能である " 

それを認め合うところから、たたかいの戦略を組み立てたい。

ここで 「脱原発」 は共通の前提となる。

このたたかいは、生産と消費がつながってこそ、勝利する。

流通者として立てた、必死の戦略論である。

幸いたくさんの方から評価をいただけたようなので、今日は良しとしたい。

 



2011年11月30日

『原発国民投票』 と、テレビCM拒否

 

僕より上の世代の人は、元東大全共闘議長の肩書きで

懐かしむ名前だろうか。

国内留学で湯川秀樹博士の教えも受け、将来を嘱望されながら在野に下り、

今は科学史家として存在感を確固としてきた山本義隆さん。

この方が書かれた

『福島の原発事故をめぐって ~いくつか学び考えたこと』 (みすず書房)

が本屋さんの棚から僕を見ているようで、見返すと今度は、「読め」 と脅迫する。

もう、この世代、キライ!

 

科学技術というものは、

「有害物質を完全に回収し無害化しうる技術がともなってはじめて、

 その技術は完成されたことになる」

と山本さんは規定する。 したがって、

「無害化不可能な有害物質を生みだし続ける原子力発電は、

 未熟な技術と言わざるをえない」 と。

 

にもかかわらず、強引な見切り発車で遮二無二建設を進めたのは、

戦後の政治的思惑と、政・官・財が一体となって築いた巨大な利権構造による。

「安全神話」 と 「原子力ムラ」 という伏魔殿は

それを維持・補完するために必須のアイテムだった。

 

「 " 怪物 "  化した組織のなかで、技術者や科学者は主体性を喪失してゆく。」

こうして形成された原発ファシズムと、フクシマの惨劇。

これは、「端的に子孫に対する犯罪である」 と山本さんは弾劾している。

 

最後の一節が、重たい。

 

  日本人は、ヒロシマとナガサキで被曝しただけではない。

  今後日本は、フクシマの事故でもってアメリカとフランスについで

  太平洋を放射性物質で汚染した三番目の国として、世界から語られることになるであろう。

  この国はまた、大気圏で原爆実験をやったアメリカやソ連とならんで、

  大気中に放射性物質を大量に放出した国の仲間入りもしてしまったのである。

 

たしかに、フクシマから放出された汚染水は、日本から4,000km離れた太平洋の

日付変更線のあたりまで至っていることが確認されている。

僕らの国は、もはや被害者だけでなくて、加害者の立場にもなってしまった。

 

それでもまだこの国には、未だに経済優先で原発必要論を語る人たちがいる。

今も極度の不安の中で暮らす人たちがいること、美しい村が丸ごと捨てられたことなど、

意に介してないかのようだ。

事故後10年近くなって子どもたちの甲状腺ガンがピークに達したという

チェルノブイリの教訓は、はたしてどこまで生かされるだろうか。

 

「原発」 なるものへの判断は、誰が下すべきものなのか。

それは 「国民」 だろう -という呼びかけがある。

『 原発国民投票 』 - いかがだろうか。 もちろん判断はそれぞれで。

 

これを呼びかけている人たちの中に、

いま一緒に放射能基準を検討している 「カタログハウス」 さんがいて、

発行する雑誌 『通販生活』 秋冬号の巻頭特集が 「1日も早く、原発国民投票を」 ときた。

気合入ってるねぇ。

とエールを送っていたところ、

何とこの雑誌のテレビCMが放送局から断られたというのだ。

 


11月23日付の朝日新聞-「CM天気図」 というコラムで、

天野祐吉さんがそれをすっぱ抜いた。

以下、冒頭部分を引用したい。

 

  こういうテレビCM,見た?

  黒い画面に白い文字の文章があらわれ、それを読む大滝秀治さんの声が流れる。

  「 原発、いつ、やめるのか、それともいつ、再開するのか。

   それを決めるのは、電力会社でも役所でも政治家でもなくて、

   私たち国民一人一人。 通販生活秋冬号の巻頭特集は、『原発国民投票』 」

  見た人はいない。

  だってテレビに流れてないんだから。

  カタログハウスがそういうCMを作ったんだけど、テレビ局に放送を断られたんだって。

 

テレビ局はどうやら、これを意見広告と判断したようなのだが、

「国民投票」 という民主的手法の呼びかけである。

しかもお金を払って流す雑誌のCMなんだけど・・・・・

ご覧になりたい方は、カタログハウスさんのHPをどうぞ。

 

さて、この 「みんなで決めよう 『原発』 国民投票」 という市民グループ。

脱原発でも原発推進でもない。

原発の是非を有権者が決める国民投票を実現させることを目標として結成された。

詩人の谷川俊太郎さんや俳優の山本太郎さんなど、

たくさんの著名人が賛同人になっている。

 

反対でも賛成でもなく、と言っているのだけれど、

国民投票に反対しているのは、どうも推進派の方々のように見える。

旗色が悪いと読んでいるのかもしれないが、それよりも

国民をバカにしていると思えてならない。

「重要な国策を国民投票で決めるのはおかしい」 って、何かヘンだよね。

国民はバカなほうがよいとでも思っているのだろう。

こんな政治家に未来は託せない、と思って、

" 反対に反対 "  の意味で、署名に賛同することにした。

 

CM放送拒否で逆に話題がネットとかで広がって、

もしかしてカタログさん、してやったり、かしら。

 



2011年11月22日

共同テーブル

 

(株)カタログハウス、生活クラブ生協、パルシステム生協、(株)大地を守る会。

4団体による、放射能基準を検討する 「共同テーブル」。

正式名称は 「食品と放射能問題検討共同テーブル」 と言います。

9月から3回の会合を経て基本合意に至り、プレス・リリースに踏み切りました。

HPでもアップされているので、ぜひご確認ください。

 

http://www.daichi.or.jp/info/press/2011/11/post-37.html

 

本件に対して、いろんな質問が寄せられています。

どれも実に自然な疑問ばかり。

説明責任もありますかね。

この場を借りて、いくつかお答えしておきます。

 


<疑問その1> なんでこの4団体なの?

- 特段の理由はないんです。 予め考えてこうなったわけでなく、

  六ヶ所村の核燃サイクルに反対する運動や遺伝子組み換え問題など、

  いろんな運動を一緒にやってきた関係(生活クラブさん、パルさん) や、

  福島・ジェイラップの放射能対策を双方から支援した関係(カタログハウスさん) で

  声をかけたのがきっかけで、まずは我々でやってみようということになりました。

  あえて共通点を抽出するなら、脱原発の姿勢を共有しているということ

  +首都圏・流通(生協さんは正確には 「流通」という業態ではないですが)、

  でしょうか。 もちろん食品の安全性へのこだわりや生産者支援の姿勢で

  一致できる部分がある、というのが前提です。

 

<疑問その2> 広く参加を呼びかけないのか?

- もっともな疑問ですね。上記の4団体で集まった際に、さらに広く呼びかける、

  ということも検討しましたが、多種多様な意見が持ち込まれることが想像され、

  はたしてまとめ上げられるか、という懸念が強く出されました。

  団体の数が多くなると必然的に 「運営」 や 「調整」 に時間が割かれることになります。

  加えて、意見の食い違いから対立や批判を招いてしまっては、

  主旨とは逆の結果になってしまうことになります。

  この業界(?) は、個性派や主張・信念の強い方々が実に多いのです。

  「まとめられなくなる怖れ」 という力量的な限界、これが正直なところです。

  どこに声をかけて、どこは呼ばない、という判断もできません。

  そんなことをすれば、その時点で「終わる」 可能性があります。

  スピードも必要とされるテーマだけに、とにかく我々の力量にしたがって

  目標到達に向かおう、と判断しました。

  もちろん閉鎖的でよいとは思っていません。一定の目処が立ったところで、

  共通資産にできると判断できれば、広く呼びかけることも考えたいと思っています。

 

<疑問その3> 検討はどんな形で進められるのか?

- 食品に含まれる放射性物質は限りなく少ないほうがよい (しきい値はない)

  という認識と、すでに放射能が大地や海に降ってしまった現実の狭間で、

  私たちは今後放射能とどう向き合っていかなければならないのか、

  という視点からスタートしています。

  その上で規制値の適正な設定はどのようなものであるべきか、

  専門家の意見も可能な限り吸収しながら構築してゆきたいと思ってます。

  実際は、悩みが深くなるばかり、というのが今のところですが。

 

<疑問その4> いつ頃までにまとめる予定か?

- 一刻も早く、と考えてはいるのですが、4団体での合同作業になるため

  相応の時間がかかることでしょう。 今想定している目標は、年度内、です。

 

<疑問その5> 国への要求という形をとるのか?

- 国は国で基準の見直しを進めていますが、対立を前提にしているものではありません。

  主旨文にも書いたとおり、

  「それが 「公」 の基準検討を補完するものになれば幸いであり、

   あるいは対立するものになったとしても、

   国民レベルでの健全な議論に寄与するものになることを確信」 しての作業です。

  公・民双方からの議論と作業の積み重ねが、

  生産者も消費者も納得できる 「指標」 の獲得につながる、と信じています。

  新聞記事を見て、電話をかけてこられた ●●●● 省の方、

  喧嘩することが目的ではないので、どうぞご安心ください。

 

とりあえずこんなところで。

また随時、検討プロセスも含めて報告してまいります。

ご期待ください、と力強く胸を張りたいところですが、

前代未聞の作業だということがじわじわと涌いてきて、

震えているのが正直なところです。

 



2011年11月20日

六本木ヒルズで 「放射能と向き合う」

 

まったく広報はいろんな依頼を受けてくる。

日曜日がまた潰れてしまったではないか。。。

 

本日の指令は、「午後3時半、六本木ヒルズに直行せよ!」

六本木ヒルズ!!! オイラなんかの行く場所ではないと思っていた。

大地を守る会の六本木事務所からも近いのだが、

前を通ることはあっても、足を踏み入れたことがない。

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地下鉄通路を上がれば、いきなりこんな感じ。

迷ってしまわないか不安で早く出たら、30分前に着いてしまった。

 

六本木ヒルズ森タワー 2F 「ヒルズカフェ」。 

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ここで17日より 「企業と環境展」 というのが開催されていて、本日が最終日。

主催は、港区内で様々な環境問題に取り組む事業者で構成する

「みなと環境にやさしい事業者連合」。

六本木に事務所がある関係で、大地を守る会も加盟している。

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 その最後のプログラムが、これ。 

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アースデイダイアログ 「放射能と向き合う未来の食卓」。 

ゲストが、お互いに 「変わった名字ですね」 と言い合う3名。

吉度(よしど) さん、親跡(ちかあと) さん、戎谷(えびすだに) さん。

 

" むかし兄弟、いまライバル "  の 『らでぃっしゅぼーや』 さんと席を並べての

食と放射能鼎談。

親跡さんは取締役ながら 「放射能対策チームリーダー」。

僕、「特命担当」。

お久しぶりの挨拶もそこそこに、何の因果かね、と新しい名刺を交換し合う。

 


トークセッションの前に、 

らでぃっしゅぼーや・潮田和也氏とヤスヨさんのユニット 

 " ドライドボニート " (カツオ節という意味だとか) による夕暮れライブ。

 

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プロのギタリストなのに、らでぃっしゅ さんに籍を置いて、

楽しそうに農家を回っている、憎たらしいヤツ (嫉妬丸出しか)。

ま、今日は ヤスヨさんの美しい歌声もあって、しばし癒してもらいました。

 

さて、トーク風景。 

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話はいきなり食品の放射能基準から始まった。

親跡さんが、消費者の強い要望もあって自主基準値(50Bq) を設定した説明をすれば、

僕は、生協も含めた4団体で統一基準を作ってみようと動いていることを報告。

これは正確には、「4団体の」 共通基準を作ろうとしているのではない。

「あるべき公的基準」 を我々サイドからも考え、社会に提示しよう、というものだ。

放射能に関しては、流通の中で基準が乱立するような世界はよろしくない。

ちゃんと生産者にも消費者にも信頼される統一基準が必要だと思うのである。

基準値の低さで競争してしまうと、かえって不安を煽る結果にもなりかねない。

 

大事なのは実態(測定結果) の情報公開であること。

基準値を設定しても、測定情報が開示されなかったら、

基準が担保されていることにはならない。

逆に測定情報をよくよく見れば、現在の食品の放射能汚染がどの水準にあるか、

ほぼほぼ掴めるまでになってきている。

(50という基準値は、実態を見た上での設定でもあろうと思う。)

50Bq(ベクレル) を基準にする団体のほうが100Bqの団体より安全性が高い、

というような話ではないので、実態を把握することに努めましょう。

 

実態を知るには、できるだけたくさんの入荷物を測定する必要がある。

しかも信頼に足る方法でやらなければならない。

それは実にコストのかかる話である。

そこはどの団体も、今もって苦労しているところだ。

ゲルマニウム半導体検出器1台、ガンマ線スペクトロメータ5台 (1台は福島・ジェイラップに)

という当社の体制は、なかなか誇れるものだと思っている。

(自力で揃えられたわけではないので、そこはふまえておくとして-)

 

放射能に安全を線引きできる 「しきい値」 はない。

これが我々が取っている立場である。

だとすると、「これ以下は安全」 と言える数値は軽々には設定できない。

かといってお手上げして、野放図に何でも流通させていいわけではない。

どこかで線引きが必要になる。

過去の調査データや科学的知見、食生活バランス等をもとに一定のラインを設定し、

物理学者・武谷三男さんが唱えた 「がまん量」 のような考え方をもって

整理するしか、今は方法がないように思われる。

数値が落ち着いてきている今のうちに、できるだけの知見を集めて、考えてみたい。

それまでは、実態を見て、それぞれの価値観で判断してもらうしかない。

特定の作物以外はほとんど 「不検出」 レベルになってきてるし。

 

僕が今回、基準の問題以上に強調したかったことは、前にも書いたけど、

「放射能対策には、放射能だけ見てはダメ」 ということ。

人間の体には、放射能によって多少ダメージを受けても、

遺伝子を修復する力が備わっている。

その免疫力を高めるには、できるだけ他の化学物質の影響も考慮して、

バランスの取れた 「よい食事」 をとることが何よりも基本なのである。

放射能対策は総合力でいきましょう。

気になる場合は、よく洗う・皮をむく・茹でる (セシウムは水に溶けやすい)・・・

ま、調理や食べ方については、

マクロビオティックの料理家である吉度さんに聞いてください。

 

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そして、もうひとつ。

世界の人口が70億を突破し、食料問題や環境問題が切迫してくる中、

未来世代のためにも 「この国土を守る」、という強い意識が必要だと思っていること。

そのために 生産者と消費者が対立することなく、 共同で守り合う世界を育てたい。

それは、除染を含めて食品への移行(汚染) を必死で食い止めようとしている生産者を、

「食べる」 という行為を通じて 支援してほしいこと。

もちろん子どもには配慮が必要だけど、

(数字を見た上で) 「大人はしっかり食べよう」、と訴えたいです。

未来への責任において。 

 

自分の話ばっかりでスミマセン。

前に座っていたもんで、ちゃんと話を書き留めてなく・・・

吉度さんが最後にまとめてくれた。

強く、生きましょう! 

この記憶に尽きる。

 

終わった後、今宵は 六本木農園 で一献。 

吉度さんを横目に、親跡さんと銘酒 「五人娘」 をクイクイと飲みまくってしまった。

 



2011年10月30日

それでも我らは種を播く

 

今日は朝日新聞主催のシンポジウムに参加してきた。

場所は有楽町マリオンの10階、朝日ホール。

テーマは、「放射能と向き合う~低レベルの影響」。

エッセンスだけでもお伝えしたいと思うが、その前に、

10月16日(日) のシンポジウムの報告をしておかなければならない。

 

日比谷公園の 「土と平和の祭典」 を午前中であとにして、午後からは

有機農業技術会議主催による 「原発と有機農業」 シンポジウムに参加する。

会場は水道橋にある 「在日本韓国YMCA」 国際ホール。

夏日となったこの日、汗を拭き吹きギリギリ会場に到着する。 

 

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" それでも種を播こう "

- 震災直後から呼びかけがあり、この名称で会が立ち上がり、

何度か会合を重ねてきた方々の手による節目のシンポジウムと言っていいだろうか。

 


第一部は、4名のパネリストからの問題提起。

第二部は、そのパネラーを中心にディスカッション、という構成。

 

まずは、二本松市 「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」 理事で

ふくしま有機ネット代表も務める 菅野正寿さん

8月には ヒマワリ畑 も見せていただいた。

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東京からふるさと・東和に戻ったのが30年前。

有機農業による地域づくりに取り組み始めたのが25年前。

悪戦苦闘の年月を経て、新規就農者も受け入れ、

地域資源の循環・里山の再生に自信を深めてきたところで、

人も土も里山もずたずたにされてしまった、そんな深い怒りが伝わってくる。

菅野さんが語る原風景は、童謡 「赤とんぼ」 の一節に重なっている。

    ♪ 山の畑の桑の実を小籠に摘んだはまぼろしか-

 

今日は、「希望を持って農業を始めた若者たちの健康を見てあげてほしい」 と訴える。

なんて罪作りな社会なんだろう。。。

 

震災後の東和での取り組みをずっと調査してきた

茨城大学農学部研究員の飯塚里恵子さんが、その報告をはさむ。

「葛藤を乗り越えて復興プログラムへと踏み出させた力は、

 地域の仲間たちと培ってきた絆と地域の将来への 「夢」 だった。」

 

田畑を耕し、種を播き、直売所には徹底して地元産の野菜を置き、

自ら測定を開始し、長野・佐久総合病院と連携して地域住民へのケアも始めた。

埼玉・小川町の金子美登さんに倣って、

ヒマワリやナタネを栽培して、油を絞り、エネルギー循環を目指す。

これらのつながりはすべて有機農業を実践するなかで築かれてきたものだ。

希望の絆は断ち切れてはいない。

 

問題提起の2人目は、大阪で有機農産物の流通を行なっている

「安全な食べものネットワーク オルター」 顧問・三浦和彦さんから、

「有機流通の現在 -私たちが向き合った 「福島原発事故」-」 。

大阪においても、震災と事故の影響は大きく、日々苦悩しながらの判断が続いたようだ。

しかし、放射性物質の自主基準を1ベクレルに設定したことに対しては、

その非現実性に対して会場から批判も出された。

 

3人目は、農業生物学研究室主宰・明峯哲夫さんによる 「放射能汚染と有機農業」。

「 もはや放射能と共存するしかない時代に入っていて、

 それぞれに  " 食べること "  (何を食べるか) の主体性が問われている。

  少々汚染された食べものでも口にするということだ。」

その上で有機農業の力を語る。

この方の哲学的姿勢には感服するしかない。

 

4人目は、茨城大学教授・中島紀一さん。

「反原発から自然共生・農本の地平へ」 と題して、

改めて故・高木仁三郎さんの反原発・脱原発の思想的な深まりを辿りながら、

その歩みを引き継いでいきたいという思いが語られた。

 

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第2部では、議論となった放射性物質の基準に対して、

司会のコモンズ・大江正章さんから発言を求められてしまった。

 

僕が訴えたのは、

生産者と消費者にとって安心して採用できる物差し、つまり最も適正な基準というのは、

流通者がめいめいに 〇 ベクレルだとか言い合うことではなく、

垣根を超えた共同の作業で進めなければならないことではないか、ということに尽きる。

そこで 「食品の放射能基準のあるべき姿」 を可視化する作業を

いくつかの団体で開始する準備をしていることを報告した。

難解な問題を一つずつクリアにしながら、みんなでリテラシーを磨き、

放射能との向き合い方・たたかい方を、整理してみたいと思うのである。

どんなゴールが待っているのかはまだ見えないけど、

粘り強くやるつもりだ、と。

 

まだ中途なくせに、決意だけは偉そうに報告するものだから、

とんでもない期待感を抱かせてしまったかもしれない。

でも、やる気です。

混乱と不安の社会にあって、これは挑戦するだけでも意味と価値がある。

力量はともかく、その確信だけは揺らぎない。

僕だって、「それでも種を播く」 一人でありたい。

 

このブログもまた、これからだんだんと

その底なしの深みにはまっていくのかもしれない。 ゾクゾクするね。

 



2011年10月27日

「ニコニコ生放送」 体験

 

10月1日付で  " 〇〇特命担当 " (自分で言うのがとても恥ずかしい)

という一人部署に任命されてより、

あれよあれよと矢のように時間が過ぎてゆく。

農産グループの継続課題も少々引きずりつつ、

新たな仕込みや仕掛けもそれなりにやってきたつもりなんだけど、

土日や夜の会合が一気に増えてきて、ブログに到達しない日々が続いた。

IT能力のレベルアップか、書き方の要領を変えるしかない、

とか何度も思いながら・・・おいつけない。

河島英五じゃないけど、" 時代おくれ "  のブログになりそうだ。

演歌は嫌いじゃないが・・・

 

ネット時代についてゆけてないのを実感したのは、

先週の金曜日(10月21日) のこと。 こんな初体験をした。

 

お昼時に広報に電話が入り、深夜の生番組に出演してくれと言う。

「ニコニコ生放送」 というインターネットで配信される動画制作会社からである。

どんな番組かと聞けば-

  『 緊急報告!アナタの食べものは大丈夫?

    ~ 放射線による食品汚染の実態に迫る ~ 』

 

外部の人には見せられない弁当を食べる自分に、

広報担当が気を使いながら打診してくる。

う~、、、まあ、いいけど、、、いつ? エエッ! 今夜かよ!

 

この感じ・・・ 過去にもあった。

93年の米の緊急輸入で大騒ぎしてた時に、 『 朝まで生テレビ 』 から

お声がかかったときも、当日だった。

しかし、、、夜の10時、指定された場所に出向けば、

そこは日本橋にある雑居ビル。 スタジオふうにセットされた一室で、

若いスタッフとゲストの先生たちが、あーだこーだ言いながら

準備に勤しんでいるのだ。

テレビ局で用意されたものとは違った手づくり感があって、

10時半、緊張感なく (というより心の準備なく) 本番突入となった。

 


ゲストは、

高エネルギー加速器研究機構教授・野尻美保子さん、

東京大学大学院理学系研究科教授・早野龍五さん、

三重大学生物資源学部准教授・勝川俊雄さん、そしてワタシ。

司会は、ジャーナリストの津田大介さん。

 

3人の先生方がそれぞれに、放射能の基本から国の暫定規制値の意味などを、

フリップを使って 「分かりやすく」 を意識しながら解説する。

食品検査の実態を知ってもらうために、

スタジオに測定器 (ガンマ線スペクトロメータ) を運び込んで、

測定の実演までやってみせたのには、感心させられた。

男たちが汗かきながら担いで階段を上ったようだ。

「事実を正確に知ってもらおう」 と努力されている先生たちも多いのだ。

 

モニターを見れば、瞬時に視聴者からのコメントが次から次へと流れてくる。

「そのTシャツ、かっこいいね」 とか、誰かが冗談言って笑うと 「笑ってる場合か!」 とか、

「信用できない」 とか、「早くヒジキの結果を見せろ」 とか、

「こういうのをテレビでもやるべきだ」 とか ・・・

僕が発言してた時に 「エビちゃんブログ、見てるよ~」 と流れて嬉しくなったのだが、

あとで知人からの応援だったことが判明した。

質問もいくつか採用されて、コメントを求められる。

 

まあそんな感じで、発言は制約されることなく、喋り過ぎたりしてるうちに、

津田さんがサラリと、「反響も多いので、延長しましょう」 と言ってのける。

そして、終了したのが深夜の1時。 勢いで1時間延長しちゃったのだ。

このフレキシブルでヴィヴィッドな 「やっちゃえ」共有感は、楽しい。

既成の討論番組が時代遅れに見えてくる。

 

先生たちがよく喋ったので、出番はそう多くはなかったのだが、

いろんな刺激を受けて実に面白い体験だった。

 

制作会社が用意してくれたビジネスホテルに潜り込んだが寝つけない。

しょうがないのでコンビニで純米酒を買って、しばし反省。

 

こういう番組に出るには瞬時の対応力が必要だ。

そのためには日頃から頭を整理しておかなければならない。

 

先生たちが言うには、まだ基本的な知識に混乱が見られるとのこと。

「だから我々も伝える努力をもっとしないといけないです。」

なるほど。

僕も気をつけよう。

 

<豆知識> みたいなのを、しばらく続けてみましょうか。

ニコニコ生放送で早野先生の説明を聞きながら、改めて思ったことから。

食品の放射線を測ろうと機器を購入する人がいますが、

ガイガーカウンターやサーベイメーター(線量計) といった数万円クラスの測定器は、

空間線量を測定する装置であって、

食品の放射線量を正確に測るものではありません。

当社でも入荷した農産物を、まずはシンチレーション・サーベイメーターでチェックしていますが、

空間線量(バックグラウンド) をしっかり把握した上で、

またモノが集まった状態 (じゃが芋なら1個取り出してではなく、箱の中)

にしっかり当ててバックグラウンド値との差を見て判断するようにしています。

(差が明確に出るようなら、ラインには乗せず、スペクトロメータで計測する。)

空間線量も数秒単位で変動しますし、地形や地質の影響を受けます。

あくまでも参考値として、あるいは継続して測りながら変動を比較したり、

傾向を判断するものとして活用しましょう。

 



2011年10月15日

たくさんの希望のメッセージに感謝です。

 

さて、続きを急がなければ。

もたもたしている間に、伊藤俊彦さんから連絡が入る。

ようやっと新米検査の半分が終わったと。

稲田稲作研究会の田んぼ400枚全部、面積にして120ヘクタール分という

膨大なデータが、今この時間にも蓄積されていってる。

しかも玄米-白米-ご飯(炊いた状態) の比較までやろうというのだ。

 

結果は197件中186件がND (不検出=検出限界値10ベクレル)。

20ベクレル越えはないと。 自治体発表ならすべてNDだ。

「エビちゃん! 稲作研究会は、ホントに頑張ったよ!」

早期に100町歩(≒ ヘクタール) を超す田んぼにカリウムを散布した成果が

はっきりと現われてきた。

測定担当の小林章さんがやせ細ってないか気になるところですが・・・

 

この笑顔がいつまでも絶えない世界を、残したい。

それが僕らに課せられた義務だから。

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最終結果まで、もう少しだね。

頑張りましょう。

 


収穫祭では、皆さんから頂戴したメッセージを模造紙に貼り付けて

お渡しした。

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生産者にカメラを向ければ、目頭を押さえる関根政一親分(専務) が・・・

 

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励ましてくれ、感謝の言葉までもらって・・・

緊張と不安の7ヶ月を生きてきて、ここまで来れたという

喜びと少しの安堵が伝わってくる。

 

事前に送られてきたメッセージも温かいものばかりで、

読み切れない。

  

  いつも美味しいお米をありがとうございます。

  備蓄米開始から毎年お願いしております。

  在職中はずーっとお弁当でした。 冷めても美味しいご飯に、毎日やる気を頂きました。

  (食べ終わって満足の表情を浮かべると、いつも同僚に笑われておりました。)

  私は足が不自由ですので、どうしても自分でできない作業などを、

  若手の同僚や男子に代行してもらった折、彼らは

  「感謝の気持ちは、弁当がよい」 と、美味しいご飯で、気持ちよく実行してくれました。

  夫の友人は、泊まった翌日の朝食のご飯を楽しみにしております。

  あれもこれも、お米を作ってくださる方々のお陰でした。

  ありがとうございます。 いろいろ大変でしょうが、くれぐれもご自愛ください。

 

  今年は備蓄米を申し込むかどうしようかと迷いました。

  結局、体に良い食べものに取り組んでいる大地を信頼して例年通り申し込みました。

  生産者の皆様方の怒りはよくわかります。

  国は方向も決まらず、おたおたしているだけです。

  経済的には大変でしょうが、自立するのが一番です。

  これからも検査結果を公表して、消費者の信頼を得てください。

  結果が残念な数値であっても、公表することで先の生産、販売につながりますから。

  今まで通りのお付き合いを長く続けていきたいです。

  野菜、果物はできるだけ福島産のを買っております。

  何が入っているか信用できない外国産はいけません。

  安いからと飛びつくのは、そろそろ止めたほうがいいですね。

 

  稲作研究会の皆さま

  我が家では備蓄米の精度ができて以来、その趣旨に賛同して毎年登録しています。

  安心でおいしいお米が毎日いただけることに感謝しています。

  登録時期が例年より遅く心配していましたが、この制度が続行されるなら、

  生産者の皆さんを信じ、申し込むと決めていました。

  その後、TVで皆さんの取り組みが報道され、

  やっぱり頑張っていられるのだと感銘を受けました。

  ありがとうございました。

 

全部紹介できないのがつらいけど、リーフレットにして何部か印刷して、

生産者にお渡ししたことを報告しておきます。

参加された方々の声も含めて、メッセージすべてが  " 希望 "  のタネです。

 

最後に挨拶に立った伊藤俊彦さんが、

仲間の労をねぎらった途端に、声を詰まらせた。

「みんな愚痴一つ言わず、朝から晩まで働いてくれて・・・・・」

 

帰り際、息子の大輔くんがぽつりと漏らしてくれた。

「親父の涙を始めて見ました。」

 

本当に涙、涙の収穫祭だった。

苦しい時に、信じ合える人がいることの喜びをかみしめながら、

僕も期待通り、泣きの挨拶になっちゃった。

「生産と消費を信頼でつなぐ、って口で言うほど簡単なことではないけど、

 この仕事をやってきてホントによかった。 とてもシアワセな気持ちで一杯です。」

 

さて、最後にもう一つ-

「大地を守る会の備蓄米」 収穫祭には、こんな方も登場してくれた。

滋賀県近江八幡市に本拠を置き、今や全国的ネットワークに発展した

「菜の花プロジェクトネットワーク」 代表の藤井絢子(あやこ) さん。

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休耕田や転作田を活用してナタネを植えてバイオ燃料を作り、

滋賀県愛東町の公用車を走らせた女傑。

「空いてる田んぼが油田になった」 と話題になった。

2007年からは、チェルノブイリ救援・中部と連携して、

「ナロジチ再生・菜の花プロジェクト」 に取り組んでいる。

この日も、福島の菜の花プロジェクトの支援に訪れていて、

この交流会に合流してくれた。

「ジェイラップの除染活動や、皆様の強い絆に感動しています。」

 

" 希望 "  は素敵な人たちをつないでくれるものなんだね。

 

なお、この日取材に入ったNHKさんですが、

平日夜7:30から放送されている 「クローズアップ現代」 で取り上げてくれる予定です。

放送日は未定ですが、11月のどこか、とのこと。

決まり次第お知らせいたします。 乞うご期待、ということで。

 



2011年10月10日

" 希望の米 " は、ここにある!

 

いやあ、ホント、書けませんね。

なかなかブログに至らない、その前に沈没する日々。

いえ、酒のせいではありません。 酒量はむしろかなり減ってる。

 

抱えたテーマが放射能という未経験領域で、一つ一つの事項に明確な道がない。

最後は、責任を自覚した上での判断とか決断で進むことになる。

きついトレーニングさせられてるなあ、と思うのであります。

加えて継続して引きずっている案件がある。

それがまた、それぞれに重たくて、一つ進捗させるたびにフッとため息ついて、

まっこと肝の小さい人間だなあと実感するのであります。

 

しかし、先送りすればするだけ書けなくなっちゃうし・・・

ゼッタイに抜かすわけにいかない報告も待っている。

細切れに続けることになりそうですが、前に進みます。

 

2011年10月1日。

「今年はやりますか?」 と聞かれて、迷ってしまった自分が恥ずかしい、

と思い改め、実施を決断した 「大地を守る会の備蓄米」 の収穫祭。

やってよかった。 本当に、やってよかったと思う。

 

" これが僕らに与えられた試練なら、立ち向かうしかない "

空いたパンドラの箱から最後に託されたのが  " 希望 "  なら、

絶対に確かなものにしてみせる。 

思いつめてきた半年だった。 それだけに喜びも大きい。

 

募集をすれば、例年以上の参加者が集ってくれた。

マイクロバスを大型バスに切り替えて、全員を受け入れた。

参加いただいた皆様に深く感謝、です。

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 (カメラ隊は、NHKの方々。)

 

参加できなかった方々からも、たくさんのメッセージが寄せられた。

これもまた勇気の素で、嬉しいなんてもんじゃない。

「生産者の前で読もう! でもオレは読まない (泣いちゃう) から」

と早々に宣言。

 

  いつも美味しいお米を作ってくださり、ありがとうございます。

  3月の震災で、本当に悲しい、悔しい思いをされたと思います。

  皆様のお体が一番心配です。

  今回の収穫祭に参加することができませんが、心から応援しています。

  美味しいお米を楽しみにしています。

  心から感謝申し上げます。

 

  毎年美味しくいただいています。

  子どもが二人いるので、正直、今年は注文する時、どうするか迷いました。

  でも、取り組みの姿勢をみて、ご信頼申し上げることにしました。

  子どもたちともYOUTUBEを見て、話をしました。

  ご苦労が多いと思いますが、おからだに無理せず美味しいお米を作ってください。

  楽しみにしています。

 

  成長期の息子ふたりを抱える我が家にとって

  お米は欠かすことのできない大切な食材です。

  毎年お米の袋に書かれている文字を見ながら

  いつも変わらぬ大地の恵みを頂けることに感謝しています。

  たくさんたくさん家族でいただきます。 ありがとうございます。

 

「ずっと食べ続けてくれた皆さんの前で、人智を尽くしたと言えるように、、、

 頑張ってきたつもりです。」

グッと歯を食いしばる伊藤俊彦代表の挨拶と説明の後、

稔った田んぼの前で記念撮影。

「合い言葉は?」 - すかさずジェイラップの関根政一さんが言った。

「希望の米! でいきましょう」

 

よっしゃ。 では、希望の~ 米!

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本当だ。 希望の米が、いま僕の目の前で輝いている。

そしてファインダーからみんなの笑顔が・・・ああ、

我慢してたら鼻水が出てきた。。。 もうダメだ。

 

君たちの笑顔が見たかったよ。 来てくれてありがとう!

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空もさやかに晴れてくれて、

「もっと田んぼにいたい~」

 ・・・生産者には天使の言葉に聞こえたんじゃないだろうか。

 

大地震にも耐えてくれた太陽熱乾燥施設。

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今年も続々と、収穫された米が入り始めた。 

変わらぬ秋の風景のようでいて、違うのは

今年は田んぼごとに放射能検査を行なうという、前代未聞の挑戦をしていることだ。

その数 400枚。 面積にして120ヘクタール分のサンプル。

それぞれにモミ-玄米-白米、と検査する。

どこにもないデータの集積が、福島の一角で進んでいる。

 

地震で大きな損壊を受けた精米ライン。

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これを1週間で復旧させた。

「あのパニックの最中に、メンテナンス会社の連中が呼ぶ前に来てくれて、

 寒いなか工場に寝泊りして復旧にあたってくれた。

 いかに普段の関係が大事かを思い知らされました。」(伊藤俊彦さん)

 

いただいたメッセージから-

 

  今年も例年通り備蓄米を注文しました。

  いつもよりたくさんの苦労の末に、皆さんが作ってくださったお米を大切にいただきます。

  天災と人災のダブルパンチにも負けずに丹精込めて作ってくださったお米は、

  きっといつもより美味しいと思います。

 

  ホームページで、震災当時~今までの様子、活動を読ませて頂きました。

  目に見えない被害に対処することは並大抵のことではできません。

  皆様の努力に逆に言葉を失いました。ただただ頭が下がるだけです。

  何かしなければと思うだけで、実際にはただいただくばかりの自分が、はずかしいです。

  稲と同じように福島で暮らしてきた方々が、

  健康で、元気でおられますことをお祈りいたします。

  いつもありがとうございます。

 

  一日でも早く、どこよりもきれいな田んぼを取り戻してみせるっていう

  その意気込み、取り組み。 応援します。

  今年もおいしいお米待っています。 

 

  毎年備蓄米をおいしくいただいております。

  放射能の影響は際限がなく、皆様方のご苦労を思うと本当に頭が下がります。

  これからも大変な作業の連続でしょうが頑張ってください。

  何もできない自分が歯がゆいですが、いつまでも応援しています。

 

  稲田稲作研究会のお米をいただくようになって何年たつか忘れてしまいましたが、

  第1回の募集のときから毎年楽しみにいただいてきました。

  3月11日の原発事故後、今年の米作りはどうなるのかと心配していましたが、

  いつもと同じように募集があってとても嬉しく、そして研究会の皆さまに感謝しております。

  真摯な生産者とそれを支える消費者がいてはじめて日本の農業が存在すると

  思っております。

  微力な私には、生産していただいたものを大切に食することしかできませんが・・・。

  どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

 

いえいえ、けっして微力なわけないです。 食べてくれることこそ力です。

 

ジェイラップと一緒に挑んできた乾燥野菜の開発-「はたまるプロジェクト」 も、

新工場ができて新たな段階に入った。 

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これまでの試作品を並べ、説明する伊藤大輔くん。

一品一品が試行錯誤の記念品だね。

 

お陰で、オリジナルの皮むき器やスライサーが所狭しと、

いや、広い部屋に並ぶ。。。

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広めにつくったところに、相当な期待の高さが窺い知れる。 

建屋の大きさは、こんな感じ。

 

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さて、ひと通り見学したあとは、お待ちかねの交流会。

 

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続きは、明日に、、、書けるか。。。

 



2011年10月 6日

安全なだけでなく、前より美味くなった! と言わせる。

 

すみません。

異動前後のせわしなさで、ブログのほうにまったく手が回ってませんでした。

時間というより、気持ちの問題ですかね。

しかも農産グループの仕事は細切れに引き継ぎながら、

次の仕事は一気にギアをアップさせたような感じで。

と言ってもこれまでの延長なんだけど。

 

前回の日記のあと、 

9月29日(木) は、4つの団体のトップの方々と秘密の会合を設定。

テーマは食品の放射能基準の正しい考え方について。

内容は近いうちにお知らせできるかと思います。

そして30日(金) には福島県須賀川市、ジェイラップに向かう。

この日はお米の話ではない。

岩手県久慈市(旧山形村) から短角牛の生産者に来てもらって、

牛の除染対策会議を開いたのです。

 

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今回試してみようとしているのは、ゼオライト (沸石) の粉末。

ゼオライトといっても、ケイ酸アルミニウム主体の多孔質鉱物の総称で、

その数は数百種類あると言われている。 

そのイオン交換能力の性質から土壌改良や水質改善に広く利用されているもので、

欧米ではサプリメントとして普及しているし、

家畜の餌に混ぜると生育が良くなることも証明されている。

(悪玉菌を出して善玉菌を増やす。

 血液がきれいになり、健康状態がよくなって、肉質が向上する、という理屈。)

特に3.11以降は、セシウム吸着力で注目されているものだ。

 

久慈といえば岩手の県北で、旧山形村はその内陸部に位置する。

原発事故の影響はかなり少ないほうなのだが、

規制値を超えた牛肉が県内で発生したため、県全域で出荷がストップした。

我々はいち早く短角牛の全頭検査を実施して、

その安全性を確かめる体制を取ったのだが、行政の規制は変わらなかった。

「まるで岩手全体が汚染されたみたいに思われたのではないか」

という生産者の不安は今も深く、販売不振に喘いでいる。

 

とはいえ牧草地のなかにはセシウムが検出されたところもあって、

生産者たちは今年の一番草を食わせるのを控えている。

牧草地対策、そしてゼッタイに肉に移染させない対策を徹底させるために、

ゼオライトの力を借りようというわけだ。

 

それがなぜジェイラップで?

長年、牛の健康と肉質の向上を目的としてゼオライト利用の研究をされてきた方が

福島にいて、ジェイラップの伊藤俊彦さんを経由して検討会をお願いした、というわけ。

久慈と東京の中間なのでお互い3時間ですむし、

僕にとっては翌日の備蓄米収穫祭のための打ち合わせもできるし、

何より一往復分の交通費が浮く。

 

検討はかなりイイ感じで進み、具体的な手当ての方法までまとまった。

「安全なだけでなく、3.11以前より美味しくなった、と言わせようじゃないか!」

・・・来たときは少々落ち込んだ感のあった生産者たちが、

笑顔も見せながら帰っていかれた。

国産飼料100%の牛肉を実現した彼らなら、やってくれると信じている。

 

帰る前に、放射能測定器も見ていただく。 

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これと同じものが大地を守る会のセンターに4台ある。

ゲルマニウム半導体検出器も威力を発揮し始めている。

測定でのバックアップは任せてくれ。

 

このやり取りを、脇で面白そうに眺めている男がいた。

 " やまけん "  の名で食の世界を闊歩している山本謙治である。

彼はこの日、別件で伊藤さんの取材に入っていた。

彼のレポートは近々、大地を守る会のホームページで登場するはずである。

大地を守る会の 「TTP (ちゃんとたべようプロジェクト)」 コーナーにて。

乞うご期待。 

 

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やまけんのブログでいつも、スゴいなあ!と思うのは写真のシャープさである。

マニュアルできちっと撮れるテクやセンスの違いはもちろんのことなんだけど、

ストロボ付きアンブレラを持ち歩いている姿まで見ると、

彼はすでにプロなのだと思い知る。

ウチの広報・中川が 「傘をこっちに向けろ」 とか、助手のようにこき使われている。

 

笑顔がほしいね~と、やまけんさん。

脇から茶化したりする。 

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ああ、いい笑顔だ。

やるだけのことをやった、という自負がある。

頭もヒゲも白くなったけど・・・

明日の収穫祭も、こんな感じでお願いしますよお。

 

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精一杯、手を尽くした田んぼ。

収穫は、一週間後あたりか。

何が起きようが生きるのみ、とばかりに美しく実った田んぼ。

早くも泣けてきて。。。 ありがとうの気を送る。

 

この日は須賀川に一泊し、

明けて10月1日(土) は、感動と涙の収穫祭になった。

この報告は次回に。

 

10月2日(日) は、段ボール数箱持って、引っ越し作業。

北の窓際から南の窓際に。

3日に巣作りを終え、4日は高知に飛ぶ。

「放射能対策特命担当」-このミッションを進めるからには、

まずはこの人に仁義を切っておきたかった。

20年以上前に原発計画を止めた男、窪川(現四万十町) の島岡幹夫さん。

15年ぶりの表敬訪問。

これは僕にとって、気合いとエネルギーを強化するためにも、必要な手続きだった。

 

遅ればせながら順次報告、ということでお許しを。

 



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