とくたろうさん  大地を守る会取扱商品「とくたろうさん」ブログ


2007年11月 1日

もってのほか

月山パイロットファームの相馬さんから「もってのほか」(食用菊)の今の写真を送ってもらいました。「とくたろうさん」開始の頃には、既に単独の注文品になっていたため、「とくたろうさん」としては扱っていませんが、在来食材であることは確かです。


今年は寒さがなかなか来ないので、菊も伸びが遅く花が咲いていないようです。寒さにあたって花が咲くという性質の植物なんですね。

2002年に撮影した同じハウスの写真もいただきました。比べてみると確かに今年は花が少ないですね。色は今年のほうが鮮やかです。

今まさに注文をお受けしている週なんですが、こういう状況で欠品が出ています。


食用菊は他にも新潟県津南町の関根さんという生産者から「かきのもと」をいただいています。こちらのほうはとくたろうさん扱いにしています。色は同じなのですが、形状はちょっと違う感じがしていました。が、ちょっと調べてみると同じ品種なんです。
そこでもう少し調べてみることにしました。
いつから食用菊が食べられていたんだろう、ということも知りたくなったからです。

今全国で栽培されている主な産地は、山形、新潟と青森です。山形は庄内地方、青森は八戸や南部町周辺で栽培されています。
山形と新潟で栽培されているのは、「延命楽」という品種です。山形では「もってのほか」、新潟では「かきのもと」「おもいのほか」というのだそうですが同じ延命楽です。
かきのもとが初めてサンプルとして届けられたときに、色は同じ紫でも、花弁が長く形状も違って見えました。色も月山の今年のように鮮やかな紫だったのです。その時は「もってのほか」が薄い紫だったので、別品種だと思いましたが、実は同じだったんですね。

新潟では、「かきのもと」は下越、「おもいのほか」は中越でそう呼ばれています。上越地方ではあまり作られていないというのは不思議です。
新潟と庄内は食材では共通性が多く、菊の他にも、茶豆(だだ茶豆と黒埼茶豆)やナス(小さな丸ナス)も同じような種類を愛用しています。上杉の移動と共に移ったのではないかな、とも考えられます。庄内や米沢に五十嵐さんが多いのは、新潟から移り住んで来ているということらしいですよ。

また青森で作られているのは、阿房宮という品種。阿房宮のほうは黄色の花です。
延命楽といい阿房宮といい、中国から古くに渡ってきた品種が延々と作り続けられていたのですね。

食用菊は奈良時代に最澄大師が唐から不老長寿の薬草として持ち帰り、比叡山の麓の坂本で栽培させたのが最初といわれているようです。
それ以来、ずっと栽培されていたのでしょうが、一般に食べられていたのかどうか、ちゃちゃっと調べてみたくらいではわかりません。
江戸時代に入って食用として一般化してきたらしく、松尾芭蕉が堅田(大津市)に滞在したときに


蝶も来て酢を吸う菊の膾(なます)哉


と、招かれた亭主に対して菊の酢あえの味を褒める句を詠んでいます。
大津では、今も坂本菊という食用菊が復活して、栽培されているようですね。
句会で詠まれるくらい芭蕉の頃には、一般的な食材になっていたことが想像されます。
ということは、庄内でも南部でもこの頃栽培が始まっていた可能性が高いと考えてもいいでしょう。誰か真相を教えほしいものです。
ざっと調べたところでは、いつから盛んになったものか、たどりつきませんでした。
いずれ江頭先生に教えてもらいましょうか。



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